2018年03月31日

(^_-)-☆good friday

 3360 三連休、パンガンダランへ行くつもりで3時に出発した。前回の三連休、渋滞で止めてしまったから、二時間早く出発した。そして、また、ダメだった。昨日の様子からも、この状態は予想されてはいたが、まさか、とも、思っていた。途中で引き返した。三連休は、また、ゴルフになってしまった。ラフレシアにはいつ会える?
Longsor di kawasan Puncak Pas, Cianjur, Jawa Barat menghancurkan sedikitnya tiga bangunan yang berada tepat dibawahnya. Begini foto-fotonya. Begini penampakan 3 bangunan yang terkena dampak longsor di Hotel Puncak Pass, Kamis (29/3/2018).
プンチャックの地滑りの話ですね。三連休の書入れになるはずの超有名な観光地、気の毒に通行止めのままですね。タマンサファリまでですね。
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インドネシアのテレビしか見ないが、その中でニュースチャンネルのがTVONE 1Cにほとんど合わせている。バラエティー番組“TALK SHOW”は、その時間に家にいれば必ず見ている。見逃せば、ユーチューブでみている。HIROAKI KATO
https://www.youtube.com/watch?v=YxRJ-pAbbuc
という歌手?が、ゲストで出ていた。インドネシア語は、私と同じくらいピンタールだ。日本人にとって、インドネシア語は英語より優しいから単語を覚えるだけで日常会話はできるが、上達してくると、RとL、NとMの発音、そして、Gの発音と使い訳ができないことは仕方がないと思うようになる。まったく同感だ、いいことを言うと思った。単語の最後にGが付くのか付かないのか、単語の途中にGが一個なのか二個並ぶのか。濁音か鼻濁音か。
https://www.youtube.com/watch?v=RbwQ0tI4mxY 一例です。インドネシア語が分からなければ、見ても意味が分からないですよね。

昨日,書きかけた人、今日、夕方の便で帰国した。14日に、こちらへ、戻るそうだ。戻らない方がいいと思うのだが。
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いい天気ですね。
テレビ 歌手 タレント
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2018年03月30日

(^_-)-☆lembing

 3359 ルンビンlembingだよ、ブリンビン(スターフルーツ)じゃないよ。昨日の夜から、家の前と裏の街灯に、大集合、閉じた部屋に、あの臭さが入り込んできた。ちょっと早めだが、今年もやってきたようだ。
http://tabi-indonesia.blog.so-net.ne.jp/2017-06-12-1 
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BOTECO製の押出機、塩ビを流すと酷い錆びが発生する。こんなひどい錆びというか、スクリューが錆びるなどということは、50年以上使っていて経験がない。ボテコの社長さん、塩ビを分解させたからだという。分解させなくても通常、塩素ガスは発生する。ちょっと高温になったり、シリンダースクリューに残してあれば、践祚ガスは多く発生する。そんなことは当たり前で、スクリューは錆びないのが当たり前だ。ところが、このスクリューは錆びる。塩素ガスで錆びないのが当たり前なのに、塩ビを流したから錆びたんだという。じゃ、錆びない流し方を教えてほしいと思う。

少しだが、錆びない部分もあるので、とにかく、硬質クロムメッキのやり直しを依頼した。

またも負けたか、静高よ。駿府城内の静岡連隊跡地に城内高校としてしばらくいたのが、弱い理由かな。中学の時に、城内高校(現静高)の卓球練習場にいって、静高生と一緒に練習をしたことがあった。たしか、今の双葉の前の内堀の橋を渡ってすぐ右側にあった。その時、弱かった静岡連隊の兵舎だったと聞かされたと思う。昭和の初期?静中時代に甲子園?で優勝はしている。そして、何回か書いたが、関係ないが、私が2年の時に準優勝している。その後、もう一回、準優勝している。と、思う。

気になる人 約20年間、インドネシアで知り合って、仕事にプライベートにお付き合いしている人がいる。私より7歳ほど若い。タンゲランのムティアラという工業団地の会社にいて、住まいは、リッポカラワチだった。私はMMの会社で、住処がコタチカランに近かった。離れているが、その人が幹事になって、仕事関係の人たちに呼び掛けてブロックMで,一か月おきくらいで、食事会をしていた。10年ほど前に、会社を辞めて、カラワンの会社に変わった。住まいはリッポチカランになった。そして、今度は、リッポチカランのルコタムリンの日本食レストランに食事会として集まりを作ってくれていた。

そん人が最近変。カラワンの会社を辞めてから、一昨日までの会社を含めて4社変わっている。人のことは言えないが、なぜ、ここへきて急に会社を辞めるのだろか、そして、直ぐ、次が見つかるのは分る。知り合いが多いし、世話役をしてくれているという、人望みたいのもあるから。そして、一週間ほど前に、その人の住処に近い、リッポチカランのルコタムリンの中の日本食レストランに誘われて行った。以前から、食事会で使っていたレストランだ。

私は30分以上かかって10分前にレストラン前の駐車場に着いた。時間が早いせいか、広い駐車場に私ん車しかない。時間なっても来ないようなので電話した。今、ルコに入ったからすぐ行くよ、という返事、ルコエリアに入れば。レストランの前に2,3分で着くに決まっている。ところが、20分経過しても来ない。電話した。今、探している、どこだったか、わからなくなってしまったと、思いがけない返事。横の病院の方の入り口かららしかった。それなら、直進して突き当りを左に曲がれば、目的のレストランは左側にあるはず、それも、そういう方向に一方通行になっている。続く。
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PPでこんな製品を作り始めた。
小動物 臭い 気になる
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2018年03月29日

(^_-)-☆サッカー日本

 3358 サッカー日本代表チームを眺めていると、日本は、勝てないなと思う。まず、個々の、パワーと接触力が見劣りする。日本人の性格だろうと思うが、フェアプレーという意識がしみついてしまっていて、相手もやっつけるという気持ちがたりない。
日本は個々の技術やパワーが劣っていても、集団の連携で戦ってよい結果を出している見本が沢山ある。ハリルサッカーは、それと反する手本になってしまっている。メンバーはころころ変わる、その変ったメンバーそれぞれが個の力をアピールし、ハリルの顔色を伺っているように見える。
これじゃ、全く、日本らしくない。メンバーを早々固定し、その集団の力を発揮できるように訓練を繰り返すことがより強くなる道だったと思う。それが、いまだに、メンバーが固定されていない、試合の度に、パスを渡し、渡される相手が違うのだから、何も先が読めないでいる。
協会は、監督選びで、過去の実績、手段を調査したのだろうか、そして、監督の指導方針を確認して採用したのだろうか。もしそうなら、協会の方針自体が日本の実態を把握していない、間違えている。
ワールドカップ、今回も、散々な結果になることが予想される。選手自身は喜んでいるかもしれないが、結果は選ばれた選手が気の毒だと思う。
組織で力を発揮させなければ外国の個々の力には対抗できないのに、個々をころころ変えて、個の強い人を探し続けているのでは、強い人はみつからないし、組織もバラバラのままだ。直前になっても、こんな状態だ。今更、どうにもならない。笑っちゃうしかない。
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なんという会社の受付付近だと思いますか。日本でも有名な介護用、病院用ベッドやさんです。
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1996年11月に完成した会社です。私の机は、正面の事務所内の窓際というか、出入り口に一番近いところにあった。コピー機も真横にあったで、何かと自分には便利な場所だったが、経営者の並びからは一番遠かった。 
1996年8月にこの場所に赴任したが、その時は、工事用プレハブ建物でした。荒野の用心棒のように、枯れ草のボールが風で転がっていたし、ヤギや牛が徘徊していた。そして、いま、ナンブ第二工場が閉じて売りに出されている。見学者でしょうか。

ところで、事務所では、私のIMほど離れた場所にいる工場長というかプロダクションダレクターが一週間ほど前から、風邪を引いたといって、休みがちだったし、早引けをしていた。そして、月曜から出てきた板が、元気がない、試作に手を出していたが、普段のけれとは違って、アクションが遅い、私は、一寸、気になっていて、休んでいるように言っていた。しかし、月末で、給料の計算をしなければならないといって、熱っぽい顔をしながら、30人ほどの給料計算(遅れたが1月からのアップ分も今月遡って払う)をしていた。終わって、14時ころ、私が使っている車でもう一人と一緒に病院へ注射をしに行くと出かけて行った。二時間後に車が戻ったが、本人がいない、どうしたんだ、ヌンギナップ(泊り)だという、病名は?チフス。おいおい、又かよ。奥さんも子供さんも風邪を一緒に引いていたという。大丈夫かな。それに、いつも、近くにいた私、大丈夫かな、車を使ったし、帰りにその車を使うし、そういえば、一寸熱っぽいかな、心配になってきた。

風邪だといっていた本人には、誰か、他人に移せばすぐ直るよ、でも,私には移すなよ、などと、冗談を言っていたが、まさか、映っていないだろうな。

例によって、チフス?インドネシア人は誰も心配していない。長くて一週間。我慢すれば、治るよ,というそれほど、心配はいらない病気だ。ま、今まで何十人と、チフスにかかった人が身近にいた。赤痢もね。日本では昔,法定伝染病といって、隔離の対象となった、大病と保健衛授業で習ったし、入試などにも出題された。今は、どういう意位置づけになっているのでしょか。今でも法定伝染病といっているのでしょうか。
下痢、嘔吐、高熱、らしい。ということで、一週間ほど工場長は入院、見舞いには行かない。
サッカー チフス やばいかな?
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2018年03月28日

(^_-)-☆ゴチェン

 3357 スマトラタイガー(トラ)ですね。
https://www.youtube.com/watch?v=3b-jht7ekys&t=17s
2018/03/20 に公開
Harimau Bonita diburu petugas sejak menerkam dua warga Kabupaten Indragiri Hilir Riau hingga tewas pada Januari dan Maret silam. Bonita pertama kali menerkam karyawati perusahaan sawit Jumiati pada 3 Januari 2018. Lalu pada 10 Maret 2018 Bonita menerkam Yusri Effendi seorang pekerja bangunan rumah
数カ月前から、スマトラ島中央の山岳地帯、しかし、今は、パーム椰子のプランテーションが広がっている場所に、ハリマウ(トラ)が出没し、人間を襲っている事件の事、頻繁に報道がある。もともと、有名なスマトラ虎の貴重な生息地、オランウータンなどもそうだが、絶滅危惧動物の生息地が人間の手が入ることによって、どんどん、狭められている。
保護しようとしている組織よ捕獲、殺してしまおうとする遅された人たちの集団との鬩ぎあいがある。
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こんな看板があった。
GrabHitch Dapatkan tebengan dengan separuh harga. 半分の価格で tebengan を取得します。 Bertemu teman baru sekaligus mengurangi kemacetan. 渋滞を削減しながら新しいお友達と会います。
珍しく、使われている信号機、ジャバベカ地区は広い、私が知っている、現在も使われている信号機はたった二か所、その一か所である。他にも設置されている場所は二か所あるが壊れていて?ずっと使われていない。リッポチカランに信号機がある?ないと思う、ある場所を思いつかない。ヒュンダイ工業団地からデルタシリコンに向かう途中にあったが、今は、作動していない。信号機があっても守らないし、すぐ壊れるしね。

この信号機で止まっていたら、大きな看板が目に入った。何の宣伝?意味やよく分からないが、ネベンがたったのゴチェン(ゴセン発音しては通じない)と書かれている。ゴチェンとは、5千のことで、5000Rpだ。ネベンとはシェアーするとか他人を途中で載せるとか、例えば、自分が歩いていて、友人などはがバイクで走っているのを見つけたときに、載せてもらうことなどをネベンという。グラブヒッチと書いてるから、オジェック会社でしょうか。カーシェアリング、バイクシェアリングでしょうか。そういうことを仕切る新会社の宣伝でしょうね。
Nebeng wifi dong (Please connect me to your wifi)-Kantornya masih nebeng di kantorku (Her office is still shared with mine)こんな文章もあった。

とにかく、インドネシアでは、タクシー以外に多くの種類の人を載せる商売の種類が多い。そういう商売の人たちの争いも、デモも頻繁にある。オジェックオンラインの下限料金を設定しろというデモがジャカルタやブカシで連日、ある。
トラ 信号 乗り物
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2018年03月27日

(^_-)-☆ニュースかな

 3356 limbah busa di KBT 何やら、海からの泡が逆流しているのでしょうか。Ada Lautan Busa di Marunda, Warga Diimbau Tak Pakai Deterjen Berlebihan市民が提案、過剰な洗剤を使用しない、
Kepala Bidang Pengendalian Dampak Lingkungan Dinas Lingkungan Hidup DKI Jakarta Andono Warih mengatakan, lautan busa di Kanal Banjir Timur (KBT) di kawasan Marunda, Jakarta Utara, disebabkan oleh limbah deterjen dari permukiman warga. Air di KBT Marunda telah tercemar deterjen.洗剤汚染ということいでしょうか。当然、海に面したジャカルタ北地区、マルンダという場所だ。今までもこのニュースはくり換えされていた。公害である。
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腰や肩が痛くて、年寄りになったみたい。動きに歯がゆさを感じる。なにか、書き物をしてしばらく座っていると立ち上がりが、ちょっと厄介、どっこいしょと、声を出したくなる。

そういう状況でも、ほとんど、一日中、現場で試作の手伝いをしていた。私が別の会社で作った製品をその客先が、私のところでやってほしいというので、今作っている会社から金型を持ってきて、やることにした。私が作って製品化したものだが、その金型を使うためには、アダプターといって、こちらの押出機に取りつけるための金型を作った。それが使えるようになったので、トライをしてみた。押出機(おしだしき)が変わると、金型からの出方が変わる。厚さ、薄さ、幅などのバランスが、調整しなおさなければならない。今まで使っていた押出機での調整もかなり面倒だったが、今回も、叩いて狭くしたり、削って広くしたり、何回も、トライアンドエラーを繰り返した。しかし、結局、思うように製品ができなかった。明日に持ち越しになった。以前なら、すべて,自身でやったが、今は、やる人がいて、その指導をしながらなので、歯がゆい。かといって、自分がやってしまうそれだけの腕が残っているかも不安、だから、お前ら見ていろ、やってもせてやるという自信も、ない。腰が痛い、肩が痛い、動きば鈍くなっているので、そのこと自体も歯がゆい。
一日中、ほとんど、立ちっぱなしで、右往左往していたら、腰の痛みが和らいだ。

この客先からの注文が一挙に6アイテム増える。金型は全て、以前私が作ったものをそのまま使う。すべて、アダプターを作ることと修正が必要。ちょっと、負担、厄介。
試作 負担 泡
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2018年03月26日

(^_-)-☆チカンペック

 3355 インドネシアの会社で仕事をしていた人が、定年などの理由で一旦帰国した人が、再び、戻って、仕事をしている人は、結構、多いと思う。私の友人にも何人かそういう人がいる。その中の一人と、二カ月ぶりに会ってチカンペックでゴルフ。カートを使うと60万Rp。カートを使えわなければ、異常に疲れる。ところが、カートを使えば異常に楽になる。雨季でぬかるんでいてもグリーン上以外はどこも通っていいらしい。許可を得れば、フェアウェーへ入ることができるゴルフ場はあるが、雨季には、そういう制度を使えないのが普通だ。しかし、ここは、どんなにぬかるんでいてもOKだ。今日もぬかるんでいた。時には、スリップして、横滑りや時にはスピンしそうになった。コースを移るときで、轍が深い場所で、池の縁を通るときには、私は歩いた。
天気は良かった。しかし、問題は自分個人のことで、右肩というか、腕の付け根が痛む。何年か前から少しずつ痛くなり、当時は50肩といわれたば、ここへきて、痛みがひどくなってきた。そのうえ、腰も痛い。来週はゴルフを休む。
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Pileg dan Pilpres Serentak Digelar 17 April 2019, Ini Tahapannya国民議会選挙と大統領選挙、2019年4月 17 日 2018年10月から選挙運動が始まるので、その半年前の今、そろそろ、立候補者の情報が出始めている。
Pertarungan Jokowi – Prabowo Akan Kembali Terulang di Pilpres 2019 世論調査によると、前回と同じように、ジョコウィとプラボーの争いになるとみている。

今朝、夜明けの時刻に東へ向かった。7時スタートのつもりだったから。渋滞になることを心配し、6時にデルタマスのゲートからトールに入った。これが、ガラ空き、100Km以上が自然にでてしまう。時間調整で途中、カラワンティムールのサービスエリアでトイレに寄ったが、6時半には到着してしまった。食事、ミーアヤムとオムレツ5万Rpを食べながら待った。

ここククプクジャンは、休日でも予約必要なし、一人でも構わない、メンバーになれない人たちや初心者の格好の場だ。そして、大体、空いている。待ち時間も長くて2組くらいだし、中間の街も30分の越えることはない。今朝の場合、10番からスタートし、11番に来た時、2組待ちになっていた。むずらしい。そこで、キャディーの提案で、すぐ後ろの13番のティーグランドに行って、先回りをした。13,14番を済ませ、11番に戻り、12番と続け、15番へ行き、正常に戻った。そんなこともできるコースだ。
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11番ティーグランドから12番で待っている人たち、この人たちの前に一旦、出たことになる。
夜明け ガラ空き 気楽
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2018年03月25日

(^_-)-☆ニュース

 3354 Cacing di makanam kaleng
http://www.tribunnews.com/nasional/2018/03/22/ditemukan-cacing-dalam-produk-sarden-kaleng-ini-dia-5-fakta-mengerikan-cacing-parasit-anisakis
Ditemukan Cacing dalam Produk Sarden Kaleng, Ini Dia 5 Fakta Mengerikan Cacing Parasit Anisakis
チャチンというのは、一般的には、ミミズの事です。インドネシア中どこにもいます。ゴルフ場では、よく見かける。キャディーをびっくりさせる道具になる。10や20cmくらいのものも多い。それが、イワシの缶詰の中に入っていたという。在りそうなことだ。恐ろしいアニサキス寄生虫が入る危険がある。蟯虫や回虫もチャチンといっている。
バソにネズミやチチャックなどの小トカゲに肉を混ぜるなどよくある話だし、ゴキブリ混入の話もよくある。インドネシアは日本にいろいろな、寄生虫やそれらの混入がある国だから、日本の研究者にとっては、興味深いのではないでしょうか。食中毒についても、よく報道がある、日本なら大事件だが、こちらでは、単なる報道だ。

 静高、初戦、勝ちましたね、よかったですね。できるだけ、長い間、宿泊費を使ってほしいですね。
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オドンオドンという催しですね。町内を練り歩く。男の子の割礼儀式のお披露目だ。イスラムの習慣ですね。ちょっと大きめのリヤカーのようなものの上に遊具を幾つか乗せ、子供を載せて遊ばせる仕事がある.これもオドンオドンというが、こちらの行事に方から、来ている。この割礼、物心がついたころ、やってしまうので、何の思い出もないようだ。日本人がこちらに人と結婚するには、必要らしいが、大人になってからだと、結構、大変らしい。私は、どんなことをするのか知らない。聞いたこともない。
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16番、ロング、グリーン側から振り返った景色です。広々としていて、何の障害もないように見えるが、大たたきをする人が多い。向こうから打って、左の水に入れえる人が多い、コースに沿って、グリーン迄、水辺になっているし、水辺に向かって左に傾斜している。グリーンも水に向かって急傾斜している。オンしても、加速がついて転がり水に入ることもある。
途中にカリ(小川)がある。ま、4人いれば、一人や二人は水に入れる。手前が左下がりになっているからだ。
ミミズ 混入 静高
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2018年03月24日

(^_-)-☆走行距離約100Km

(^_-)-☆走行距離約100Km 3353 東西南北によく走った。客先へ値上げの交渉に行ってきた。この製品、原料は超特殊で、Kg20US$以上する輸入品、月平均250Kgしか使わない。インドネシアでは内しか使っていない。どうにも融通が利かない原料。それが、新規の見積もりでは、10%ほど値上げの宣告をされてしまった。また、Rpで価格を出してあるので、最近のRp安で。Rp価格は20%くらい上げてきている。また、この製品、粗利の%が極、端にすくない。というのは、原料価格が高いからだ。停電などでちょっとロスが多きなると、損失になってしまっている。
どうにも、このままでは、継続しかねるので、止む負えず、値上げを、お願いしに行ってきた。この仕事、なくなってしまっても仕方がないというより、現行価格では続けたくない。

新任の社長さん、何かと忙しいと思い、メールで、挨拶に行きたいが、会わせますから指定してくださいと頼んだ。一週間過ぎても。返事がない。再度、今度は、こちらから、日時を指定して、いかかでしょうか、その時が都合が悪ければ、他の日時を指定してくださいとお願した。それから。一週間、私が都合を聞いた日時が、翌日に迫ったとき、メールではなく、会社に電話して本人に出て、もらった。そして、やっと、話が通じた。そして、メールの話をしたら、そうですか、そうでしたね、とぼけたような言い方、どうですか。、明日?と聞いたら,都合が悪いという。そして、今日の15時、お会いできることで約束し、15時きっかりに、受付に入った。ジャンジ、ジャム リマブラス、といった。受付の女性、本人に連絡した。それから私に話しかけた。社長、一時間ほどまえから、ミーティングをしていて、まだ、1時間ほどかかるが、待っていただけますかと、言っているが、どうしましか、だった。

この新社長、何やら、イッテシマッテいるなと思った。50分ほど待たされて、やっと、初ご対面。謝っていなかった。しばらく世間話をして、値上げのお願いを切り出した。もう、この時には、持ってきた値上げ案より、もっと、上げて持ってくればよかったと思っていた。そして、出した新見積もりから、ディスコンはしないぞと、決めた。付き合いが無くなってもいいと思った。

5時半にルコタムリンの日本食レストランで旧友と待ち合わせをして食事をした。その人、1998年、始めてインドネシアにやってきて、仕事の関係で2000年に知り合った。射出成型の技術者で、最初タンゲランにいたが今はデルタシリコン1の会社にいる。止めたいから、どこか紹介して、と、まじめに、真剣に私に頼んでいた。
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ITASのA4版とパスポートサイズ。
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着るものの修理屋さん。偶にだが、ここで頼む。
値上げ 変 友人
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2018年03月23日

(^_-)-☆久しぶりのニュース

 3352 そして、今日、ITAS(Izin Tinggal Terbatas Elektronik)のA4サイズとパスポートサイズが、メールで送られてきた。早速、SURAT PERNYATAAN友人を迎えるためのステートメントと共に、本人にメールで送った。これで手続きができるかな。
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間もなく雨季も終わるはずなのに、夕方、かなり、すごい雨と雷に見舞われた。そして、その影響か、今日も夕方、停電、毎日の損失である。

Kereta cepat Jakarta Bandungで検索すると、これに関するインドネシア国内のニュースに会えます。1年前、二年前のニュースが多い。

https://www.youtube.com/watch?v=ANfwGfaQTm0 今日のニュースです。久しぶりに、高速鉄道、ジャカルターバンドゥンに関するニュースです。結論は、2019年完成の予定だったが、2020年末に開通に変更した、ということです。2016年1月の起工式以来の報道陣を呼んでの現状公開のようですね。
しかし、それも、ワリニの山の中、ジョコ大統領が出席しての起工式とほぼ同じ場所、報道の中では、ハリム(東ジャカルタ)駅付近の工事も始まっているというが、公開はしていない。

 土地収用については、この二年以上の間に、進展をしていると報道し。時には90%以上進んでいるという報道もあったが、実際、今日のニュースでは、まだ、60%ほどだという。二年以上でやっと60%、同じペースなら2020年末までに100%に達しない、それなのに、開通するらしい、辻褄が合わない。2019年中に、橋やトンネルを完成させ、高架も完成させ、2020年始から鉄道を敷き、駅も完成させるということらしい。
 
 大統領選挙が迫っていることだし、ジャコさんの焦りが見える、リニさんという女性運輸大臣?も、今まで、言っていたことは、すべて、事実ではなかったにもかかわらず、また、見通しについても適当なことを言っているとしか思えない。KCIC(クレタ チュパット インドネシア チナ)の気弱そうな社長さん、何やら、自分が思ってもいないことを言わせられているようにしか見えない。

投稿のいつ例、Selama proyek nya itu dipegang china. Saya sangat meragukan kualitasnya. Dunia memuji muji inovasi omjepang. Tapi negara ini memilih china dengan bungan yang lebih besar dan hutang yang lunasnya pun lebih lama. このプルジェクトは中国がつかんでいる。私は高度の品質を疑います。日本の革新を称賛する世界、でも、この国は、大きな利息と長い期間の債務の中国を選んでしまった。
 
中国が出資するはずの資金も、なんどか、間もなく振り込まれるという報道がったが、結局、まだだし、いつになるかもはっきりしていない。今まで、はっきりしたと、何回か言われたが、“オオカミと少年“的雰囲気になってしまっている。結局、インドネシア人のほとんどは、興味がをなくしている。
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焼き場で一仕事、皆さん、忙しくて、一寸手伝った。22歳の時からやっていた仕事、道具は全く同じ。私が準備した。
低速 矛盾 不信
posted by 元気な振りの爺さん at 22:43| Comment(0) | インドネシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月22日

(^_-)-☆飛び込み

 3351 3月ですね、人事異動の時期ですね。インドネシアでも、日系企業、人が交代するときですね。取引先の会社の何社からか、退職、帰国の挨拶が送られてきている。
 
私の方は、帰国どころか、また、もう一年延長だ。すべての手続きが済んで、パスポートを受け取ってきた。来年の三月初旬までだ。KITASではなく、ITAS ON LINEと以前はマルチリエントリーパーミットだったが、今は、リミテッドステーパーミットのスタンプですね。だが、肝心なITASの電子版のプリントがイミグレのPCエラーでプリントできないという。直ぐ必要だから、何とかしてよと頼んだが、催促するがいつと約束はできないという。普通なら、普段、必要ではないが、今回は、日本から人を招くために必要になっている。
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デルタシリコン8にある会社を訪問した。アポなしの飛び込みだった。というのは、尋ねた会社の担当者から、日本人がいると聞いて、仕事を出したいが、その日本人と話をしたいという電話が、私が日本にいる間にあったそうだ。その報告を受けたのがなんと3月に入ってからだった。誰からだと聞いたら、会社名とパーチャシングの名前を覚えていた。電話番号はと聞いたら、聞かなかったという。じゃ、会社へ電話して、アポを取ってほしいと頼んだ。ところが、会社に電話すると、セキュリティーが出る、名前をいって、取り次いでほしいと頼んでも、セキュリティーは、いないとか、取り次げないとの一点張り、それでは、その人に、こちらからの会社名と電話番号を伝えてほしいと頼んでも、それもできないという、ということらしい。
そんなことはないだろうと、私も電話してみた。やはり、セキュリティーが出て、何を頼んでも、できないといわれた。この会社、どうなっているの、外からかかってきた電話、すべて、こんな調子なら、最初から切っておけよという感じだ。アメリカ系の自動車部品の会社、仕方がないから、面白そうだし、飛び込みで行ってみようと思い、行ってみた。

行って見たら、やはり面白かった。まず、エキュリティーに、この人に会いたいが、会わせてもらえないかと頼んだ、ダメだという、アポを取っていない人には取次できないという。それでは、今今、会えなくてもいから、アポをここから取ってほしいと頼んだら、ここからでも駄目だ。会社から、いくら頼んでも、アポが取れないどころか、直接でも駄目、どうすりゃいいの、と聞いたら、何も手伝いはできないといわれた。やはり、ダメだこりゃ、と思って、諦めようとしたところ、事務所の入り口付近に、日本人らしい男性が出てきて、たばこを吸いはじめているのを見つけた。あの人日本人かと聞いたら,そうだ、誰々さんだという。そして、セキュリティーの許可を取って、その人に、なぜ、ここへ来たかを話をした。
事務所に入ったところで、待たせてもらい、かれは、奥へ入って行って、私が、会いたいといって入り人に、聞いてくれた。ぞの人、私の会社に電話しなかったといっているらしい。そして、いまのところ、用事はないといっているとか、もし、頼みたいことhがあれば、その人の方からあなたにアポを取るでしょう、ということだった。

その人の話によると、外部からの未知の人からの取次は、一切しないようにセキュリティーに教育しているという。特に中国人や韓国人からの売り込みのアポ取りの電話が多く、いちいち、対応しきれないから、そういうシステムにしている。社内の人間からアポを取った人だけ案内をしているとのこと、納得である。セキュリティーが、そういう話をできるように、教育してもらって有ればもっと、いいと思のだが。私のような人は、ほとんどいないのでしょうね。普通の日本人なら、私のような行動はしないでしょうね。
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デルタシリコンが8まであるとは知らなかった。もっと、南の奥の方まで造成している。9も10も。有るのかもしれない。しかし、撤退した工場も多い感じ、コリアン企業が目立つ。ヒュンダイの乗用車が敷地一杯に並べ有られていた場所、びっくり、この広大な土地、見事に車が消えていた。

何の予告もなく。18時ちょうどから停電、回復したのは19時15分。それから、冷えて固まってしった樹脂が金型を解体できるように溶けるまで30分、解体、樹脂の掃除、再びセット、昇温、1時間半掛かる。時間ロスは今回の場合、3時間半ほどになる。樹脂のロスは10Kgくらい、Kg2000円もするN11なら、原料だけで2万円の損失になる。PCでも8000円くらいのロスだ。
稼働していたライン全てを同時に解体やセット、再スターとができるわけがないから、四ラインを二人でやるとしたら、平均で一ライン5時間ほどのロスになる。そして、なにより、望まない厄介な仕事が急に増えてしまうのだから、作業員にとって精神的にも負担が多きなる。

ちょうどの時間ということは、計画停電だ。会社も停電になっているはず、今月3回目だ。一回の停電で、一台、2ジュタほどの損失になる、稼働が4ラインなら8ジュタだ。そして、生産予定も伸びてしまう。納期の心配もしなければならない。ラインの増設をすれば、停電時の損失が多くなる。困った場所に来てしまったものだ。コミサリスの責任だ。
納得 飛び込み デルタシリコン8

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2018年03月21日

(^_-)-☆別れ

 3350 http://www.tribunnews.com/seleb/2018/03/19/chef-harada-berpulang-dari-jepang-hijrah-ke-jakarta-sampai-bintangi-film シェフ原田がなくなったというニュースがありましたね。着物でハチマキスタイル、いかにも、インドネシア人受けしそうな格好で、バッパバッパ イブイブと声を掛けながら、手際よく料理をするスタイルは彼独特で、料理番組というよりバラエティー番組によく出ていた。和食の職人だが、インドネシア料理と融合させた料理を良く紹介していた。数少ない日本人タレントがいなくなって、残念ですね。

分かれといえば、昔より、なんて歌があるが、昨日、紹介したお二人は、既に亡くなっている。私がインドネシアにいる間なので、葬儀に参列はできなかった。

とにかく、私くらいの年になれば、どうでしょうか、同じ年代でも10%くらいの人は亡くなっているし、生きていても数%の人は、自由に出歩けない状態だろうし、数%の人は、認知症の兆候があるでしょう。合計20%くらいの人は、既に社会生活に参加できない状態になっている。だから、10年以上の人生の先輩の方々では、50%くらいが,そういう状態だ。小中高学校の先生は勿論、大学の時の先生も、ほとんどの方はこの世にいない。私が会社を作ってからお世話になった取引先の社長さんもほとんど、この世にいない。勤めていた時の上司も方々も、同じだ。

どんどん寂しくなってゆく、また、太田化工の時にお世話になったというか、一緒に仕事をした取引先で営業をしていて人が亡くなったという知らせが入った。定年退職後、私が日本にいるときにゴルフの付き合いがあった人だ。
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使えなかった押出機のメンテが終えて、セットをした。なんだかんだと,問題があって、納品されてから5カ月過ぎ、やっと、使えそうになった。明日から、何回目かの試運転をするが、こんどこそ、問題がないことを祈るのみ。大体、支払いをしてやれない。
この会社、コリアン系だが、日本人の営業担当者がいた。シリンダー。スクリューを作る会社、押出機を作ったことはないが、勉強のために,受注させてほしいというので、それならと、お願いした。そして、できてて押し出し機は欠陥が次々と、見つかった。私が日本にいた時だった。インドネシアへ戻ってから、その状態を知って、その日本人に連絡をした。そのとき、今、日本にいるから、対応できない、現地の担当によく言っておく、ということだった。そして、その一か月後、電話をしたら、通じなくなっていた。どうしたのかなと、その社員に聞いたら、止めていないという。どこへ行ったのか聞いたが、知らないという。半年契約での仕事だったらしい、日本にいるとうのは、契約が切れてエポで日本に帰ったのだという。本人、そんなことは、言っていなかった。受注をしておきながら、無責任もいいとこだ。挨拶なしでいなくなってしまった。こんな日本人もいるのです。要注意ですね。
IMG_1956.JPG夜中、突然の大雨、びっくりして外を見てしまった。せっかく、乾いた洗濯物がそのまま外のあった。
分かれ 寂しい 要注意
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2018年03月20日

(^_-)-☆出会い

 3349 私から求めた環境や出会いではなく、また、そこでなければならないと他人に押し付けられたわけでもなく、何となく入り込んだり、何となく、会ってしまった環境や人から将来の方向がほぼ確定された。運命というか、付いていたというか、そういうものだと思う。それらを参考にしよう、見習おう、その中で生きていこうと思う。

大学は、公立、浪人ダメという条件だった。一期校、二期校があって、一期校は、無理だと思いつつ受けたが、発表を待つまでもなく、出来が悪かった。二期校は、滑り止め的で、人口宝石で名の知られた梨大応用化学、小学校のころ、山の子海の子交換会で行ったことがったのも理由の一つだった。入ってよかった。妻と知り合ったのもここだったし、三年後半から赤尾先生にお世話になったこと、全く、偶然の世界だ。今、インドネシアで、自分がやりたいことでできているのは、これらの出会いのおかげだと思っている。二十歳のころだ。武田神社で町内の方々から、招待されて、成人のお祓いをしてもらった頃の話だ。間もなく新幹線が開通し、東京オリンピックが開催されようとしていた。カラーテレビの試験放送も始まっていた。こんな環境の中で、恵まれた出会いでした。赤尾先生には卒業してからも仲人を引き受けていただいた。プラスチック押出成形と出会った就職先も先生のお兄さんが役員をされていた極東貿易のお世話が大きかった。今はどうなっているのでしょうか、東プラ精工は、東洋レーヨンと極東貿易と近くの臼井国際の資本が入ってた。エンプラ押出の日本でのパイオニア的存在だった。

そして、約二年後に、仕事中に現場から応接に呼び出されて、ご対面となったのが、当時、北川ゴム工業の北川社長だった。アメリカの見本市で見つけてサンプルを持ち帰ったのが、射出で作られる結束バンドと自在ブッシュ、そして、押出で作られるエッジングとグロメット。射出製品は、既に、多くの会社がやっていたので、その話ではなく押出製品の方を見せて、太田君、これできるか?問われた。ちょっとだけ、考えて、できます、やらせてくださいと言ってしまった。
http://otaenplaext.net/newpage305.html
今の年になれば、私の履歴書ではないが、書いておきたいことが沢山あるでしょう。私も、そんな年だから。

北川弘二社長、後に会長には、それ以来、付かず離れずのお付き合いをさせていただいた。独立してからも気にかけていただき、仕事を出していただいた。私が社長を辞めて海外へ行きたいといっていた時も気にかけていただき、インドネシアへ進出の時に、どうかね、と、声を掛けていただいた。その後も、機会あるごとに、将来について話をさせていただいた。インドネシアで厳しい状況に置かれた時も、気にかけていただいていたし、帰国したときにいは、挨拶によく出かけていた。跡継ぎに関しては、相談を受けるようになっていた。私は、副社長がやりたいようにやれる環境を自然に整えたらいいと思っていた。

赤尾先生、北川社長それぞれにとって、私は、ワンノブゼムに過ぎないと思う。私以外の多くの人に影響を与えているはずだ。
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最近、妙に多くなった注文。S-PVCチューブだ。サイズもいろいろ、色もいろいろ、この種のチューブは技術的には、簡単に作れるから、ローカル企業でできる(内もローカル)それなのに、どうして、うちへの注文が増えるのかわからない。客先が忙しくなっているのでしょぷ。コリアン系である。
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Durian Ambruk ファーマーズマーケットへ買い物行った。入り口でドリアンを売っていた。我慢できずに買ってしまった。これで、15万Rp(1200円くらい)アンブルックという種類は、西部ジャワと中部ジャワにある。小ぶりで丸く整った形をしている。インドネシアの大部分の種類は種が大きく、実の80%くらいが種で、大体、がっかりする。この種は、その中でも種がそれほど大ききないといわれている。それでも、食べてみたら、70%ほどは種だった。私が普通買うのは、モントンという種類で、これなら、種より食べる部分の方が多い。タイからの輸入がほとんどだ。モントンも売っていたが、試しにこちらを買ってみた。
この方たちと会っていなければ、こんなところでドリアンをよだれを垂らしながら買ったりしていない。
偶然 運命 出会
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2018年03月19日

(^_-)-☆対策って

 3348 中三の時の同級会を去年末にやったが、その時、出席の返事だった女性が、その三日前に、倒れたから。出席できないという知らせが、入った。埼玉へ嫁いでいて、本人、久しぶりの同級会と静岡に行く口実ができたことで、楽しみにしていたようだった。彼女とは、クラスで委員長、副委員長の役をしていた。当時、気さくに話ができた女性の一人だった。私も会えるのを楽しみにしていた。脳梗塞だったらしい。一か月に彼女方の情報が入った。幸いというか、直ぐに意識は取りもどしたし、その時には、退院したばかりだといっていた。それから、私が1月にインドネシアに戻り、気になっていたので、その後の様子を伺った。詳しくは聞かないが、何やら、動きに障害があったようで、リハビリに通っているということだった。そして、先日、また、その後の事を伺ったら、リハビリに行く必要がなくなったという。良かった。いつか、また、合える機会を作れたらいいね。ということだった。とにかく、そんな年齢だから。後期高齢者になろうとしている老人がインドネシアの田舎の一人暮らしだから、人ごとでは無い。といっても、何の対策もしていないのが現実。
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酷い朝もやの中、7時ころだったが、ライトをつけてゴルフにむかった。雨季の終わりごろには、明け方の濃霧は何回かある。スタート時間は一時間ほど遅れた。いつもは、中間で食べるミーアヤムをスタート前、、待ち時間が長かったので、食べてしまった。一番グリーンのそばにある休憩所、ここの、ミーアヤムは3万Rp、上のレストランのジャバベカヌードルは6万5000Rp,安い、こちらの方が美味しい。

曇りではないから、暑くなれば、たちまち霧は晴れる、そして、暑くなる、日傘を差しても、下からの照り返しで、むんむんする。噴水も見た目で涼しいというわけにはいかない。600mlのポカリを三本飲み干したし、途中で、グッデーコーヒーを大きな氷を入れたポリ袋で飲み干した。とにかく、熱中症対策には万全を期す。

大阪ナオミさん、すごいですね。錦織選手、石川現象にならなければいいが、どうでしょうか。
対策 意味 脳梗塞
posted by 元気な振りの爺さん at 22:38| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月18日

(^_-)-☆高校一年

 3347 選抜の組み合わせが決まりましたね。駒大苫小牧、強豪でしょうね。せめて、一回くらいは勝ってほしいですね。早く負けてしまうと、寄付金が余ってしまうでしょ。

自分から求めたわけではない環境になってしまい、それが、ターニングポイントにる場合がある。 当たり前のように、静高に入った。勉強も運動も両立させるぞと。
当時、今もそうかもしれない。中学運動部で、優秀な奴は、特別枠で入ることができた。だからといって、勉強でも、中の上以上くらいが一応の条件にはなっていたと思う。それはいいのだが、私の一年の時のクラスのメンバーを見てびっくりだった。40人中、野球6人、柔道2人、バスケット2人、硬式テニス1人、剣道1人、重量挙げ1人、そして卓球1人私、私以外のメンバーは、野球部の一人を除いて、明らかに運動能力で入ってきた連中だった。そして、彼らは、県代表クラスになるだろう実績があった。事実、彼らの何人かは、後に、インターハイで優勝している。一つのクラスに纏められたのだと思う。で、何で自分がこのクラスに入れられたのだろうか。卓球はやっていたが、とてもじゃないが、市の代表の一部くらいになれるかの実績しかない私が、運動で引っ張られたわけではない。学力一本で入ったはずなのに、運動部連中が集まるクラスにいれられてしまった。多分、運動部に属さない他の20何人は、私と同じように思ったと思う。

 昨年末、中学3年の同級会をやった。何度も書くかも知れないが、その中に、高校一年の時、同じクラスになった野球部員がいた。彼は、中学野球県大会で、準優勝メンバーで主将、首位打者にもなったやつだ。勉強もクラスで二三番に入る実力だった。そして、高2の時に、甲子園で準優勝メンバー、セカンドだった。決勝で法政二高の柴田から二本のヒットを打っている。私自慢の同級生だ。そいつが、この前の同級会で、中学の時の話はさておいて、高一の時の話をした。“太田、お前な、俺にな、こんなクラスに入れられたばかりに、馬鹿になっちゃよ、ボールの紐を縫ったり、グラブの手入れをしたり、授業中だぞ、勉強の雰囲気なんて全くない、そんなことばかり言っていたよな”思ってはいたが、実際、彼には、ぼやいたのかな、あまり、覚えていないくらい、自然に言っていたのかもしれない。それが、彼にとっては、引っかかってたのでしょう。笑い話だ。

 中三のクラスの中に、サードの彼のほかに、ピッチャーとファーストもいて、中学野球の決勝戦で負けてしまった責任はお前だ、いや、俺じゃない,あいつだなどと言い合っていたのも、面白った。

 周りに影響されるのも自己責任かもしれないが、高一の時、あのクラス以外だったら、他の大学に進んでいたと思う。別の人生だったと思う。クラス分け担当する人物は、そんなことを思ってほしいね。その人の人生の方向を決めるかもしれない。選抜組み合わせのニュースを見たので、ふと思った。
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ゴルフの後、会社によって、一寸仕事、終わって、出口に向かう。小さな工場の並び、プレス機が、とんとんと,稼働していた。外に道に出る、手前の水溜りは、雨季中、消えない。このクラスでなかったら、この写真もなかった。
クラス 運動部 転換期
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2018年03月17日

(^_-)-☆順調手続き

 3346 22年前、初めてインドネシアで仕事をするようになって、日本の大使館でワーキングビザ収得を代理人がすべてを済ませ、私自身は必要書類を整え、代理人に送るだけで、大使館へ行かなかった。出発の空港でパスポートを渡され、ビザのステッカーが貼られているのを見た。何も問題になることはなかった。そして、当時は、ジャカルタのイミグレに行って、例の写真、指紋、サインをした。確か、すぐ前に線路があ、って、汚い日本からの中古電車が、こぼれそうな人を載せて通過していた。

その後は,ほとんど毎年、更新したり、会社が変わったりポジションがかわったりするので、国内だけで、済ませたり、一旦、エポして、国外でヴィザを取ったりしていた。 今回の場合は、会社は変らないがポジションが変わったので、国外(今回はマレーシア)で取った。普通は国外といったって、シンガポール日帰りだ。

ずっとブカシ県内に住んでいたが、イミグレは最初の二回ほどジャカルタその後は、主にカラワンへ行っていた、この7〜8年前からブカシバラットへ行くようになった。いずれも、イミグレでは、5分も掛からない。すでに、すべてがOKになっていて、キタスを発行する段取りだけだからだ。私の場合は、多分、特に早いと思う。係員は、覚えているし、私も同じ人だなと思っているから。

いろいろ、面倒とか、許可や承認が下りるのが難しいとか、時間が掛かりすぎるなど、そして、若い人はダメだとか,年をとった人はダメだとか、難しいとか、インドネシア語がどうだとか、ダイレクターなら一年でとれるが、マネージャーやアドバイザーなら半年しか取れないとか。いちいち、エポして、取り直さなければならないとか。なにやら、審査をする人のご機嫌だけで、簡単、難しいが決まるような雰囲気もあるようだ。
そして、エージェントとイミグレとの信頼関係とか、親しさが大いに関係する。これが、最大のポイントのような気がする。エージェント次第のところがあるから、そこはよく考えた方がいい。

22年前の最初から、今年まで、その手続きでイミグレと代理人の間で問題になったことは、全くなかった。要するに、インドネシアで仕事を教える、指導するという仕事に着くには、私が持っている言葉、経験や実績や学歴や特殊性などの条件は十分だからだ。疑う余地がまったくないからだ。74才でも問題なし。エージェントは楽なものだ。

問題があるとすれば、やはり、経営者の知識だと思う。適当なエージェントに丸投げしてしまって、ただ、待つだけ、遅いな、何を手こずっているんだと思って確認しても、今は、厳しくなっているからこんなもので、二か月以上かかるよ、と、いわれ、そんなものかと思い、結局、三カ月以上かかった、診査の速度を遅くして、就労ビザの発行を押さえているらしいよ、などと、納得している。また、シンガポールへ行ったはいいが、書類に不備があって、ヴィザがとれず、インドネシアに戻るのに、出国航空券を買わなければならなかったとか、いろいろ、あるようですね。

そんなことがあるわけがない、私は、エージェントに頼んで、国外へ出て、取るまで、ほぼ一か月である。現地にエージェントはいなくても、自分で手続きし、ティダ アダ マサラーである。
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 こんなところにラフレシア。どうです。
エージェント イミグレ 短期間
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2018年03月16日

(^_-)-☆イミグレ ブカシ

 3345 ブカシバラットのイミグレで8時の待ち合わせ、そのため、何時にでようか考えた。結局、渋滞を30分として、15分前に着きには、6時に出発とした。順調だった。6時半にトールに入った。ブカシティムールの手前まで80kmくらいで行けたが、そこから、車が全車線一杯になり、のろのろ徐行になった。それでも、7時過ぎにはブカシバラットゲートから出た。

凄い、ブカシバラットインターへ入ろうとしている車の列、ゲートの手前からは勿論、ずっと、しっぽが見えないほど、一般道に繋がっていた。ゲートの周辺には、交通警官が大勢いて、いちいち、番号をチェックしている。物々しい、情景だ。これでは、とてもじゃないが、効果があるとはお思えない。

ジャカルタへ向かう車の渋滞はブカシティムール辺りからだったが、逆に東へ向かう車の渋滞は、私が出たブカしバラットよりずっと西から、チビトゥン辺りまで車で一杯だった。ジャカルタ方面から東に通う通勤自動車の列だと思う。トラックは少ない。

7時10分にイミグレに着いてしまった。早すぎ、駐車場に車がほとんどない。車内でPCをいじって暇つぶし、8時ちょうどに、外国人登録専用に左側の建物は行った。もう何回目?当たり前のように、私の名前が呼ばれた、書類にサイン、顔写真、10本指の指紋取り、そして、もう一度、キタス書類用のサイン、以前は、そのサインが顔写真と一緒に印刷されているカードを渡されたが、前回は、カードでなく,A4の書類だった。それには、撮った顔写真も漢字のサインの写真もなかった。今回も何のためだろうと思った。20日にはパスポートとキタス?を受け取ることになるでしょう。


8時15分には終わり、出てきたはいいが、さてどうしよう。9時まで、トールに入れない、私のナンバーは0だから、15日の今日は、入れない。

45分待とうか、一寸だけ迷ったが、ラヤで久しぶりに東へ向かうことにした。イミグレから北に向かい、y突き当りのジャランラヤ右折して入った。500m位先にブカシバラットの駅が左手にある。その付近が最初に混雑渋滞地域、そして、次々と、現れる四差路、そして、ブカシティムール、チビトゥン、タンブン、それぞれのバスターミナル付近、オジェック、アンコッタ、バジャイ、ベチャなどなどの乗り物が道を塞ぐ、Uターン場所や道端朝市も路を塞ぐ、久しぶりにインドネシアをしみじみ感じながら、写真を取りつつ、通り過ぎた。そして、コタ チカランを通り、ルマーアバンを通過、その後南下して,会社へ入った。9時半だった。のろのろではあるが、混雑の中を通り過ぎていたので、渋滞にハマってしまで、イライラするわけではなく、いろいろの物を避けながら、接触しないように注意しながら、そして、其の場を抜けたとき、一寸の距離、グンと加速し、また、前の車ののろのろに追いついてしまう。そんなことの繰り返しで、74のじいさんとしては、まだ、大丈夫だぞ、できるぞという気でいた。

月曜から4日間、渋滞の中を色々考えながらでかけた。平均、運転時間は3〜4時間か。MMもカラワンもブカシも20年前に比べれば、3倍以上の時間がかかるようになった。
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ブカシバラットのゲート、交通警察官が、屯している。こちら側、ジャカルタ方面に向かう車は、どんどん通過しているから、見当たらない、向こう側、チカランやチカンペック方面に、東行きの車は、大渋滞で高速道路まで到達していない。本線は、私が横目で確認した限りでは、チカランバラットを過ぎても、まだ、車線一杯に塞がっていた。ジャカルタ方面から、チカンペック方面のの途中の工業団地に通勤する方々、チカラン以東に引っ越した方がいいですよ。
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ミトラ クルアルガ病院の向こう側の道、この先を右折してスタジアムの向こう側にイミグレがある。
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朝、8時過ぎの国道の様子です。すごいでしょ。
イミグレ 混雑 一般国道
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2018年03月15日

(^_-)-☆ここまで来ていた

 3344  10時、約束でブキット インダーのシートメーカーへ行くために8時半に会社から出発した。東へ向かう時にはチバトゥからトールに入る。そこから、渋滞がなければ、40分くらいで着く。

カラワンバラットインターより5Kmほど手前から、左側と中央分離帯に高架トールの橋脚ばかりではなく、高架道路も載せられていた。そして、その辺りから地上に降りる道、多分、インターチェンジの工事現場も広がっていた。チカンペックといえば、ゴルフ以外に行かない場所なので、こう進捗状況を初めて見た。インドネシアにしては、早い工事だねと、行った先のインドネシア人に言ったら、完成予定、使用開始は今月はずだし、この先、まだ、二三年かかるんじゃないの、かなり、遅れている、インドネシアらしいでしょ。とね。
Jalan Tol Layang Jakarta-Cikampek Rampung Maret 2019  "Mudah-mudahan maret 2019 sudah bisa beroperasi,"だったのでした。
で、路肩側は、LRTだそうな。こちらも、ここまで来ていた。で、ところで、高速鉄道は?である。
https://www.youtube.com/watch?v=flKsBfz64_E
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ところで、チカンペックに行った目的は、車の部品に使う部品をタイから輸入している、また、一部、国内で調達しているが、すべて、太田さんのところでやってほしいと思っている。という話だった。ちょっと待って、製品全体の使用原料はどのくらいか、知りたい。図面と現在購入している数量が分かれば、それなりの見積もりをさせるし、生産能力が間に合うかどうかも返事ができるという話にした。

別の話で、硬質PVCのパイプ、総重量、一トンを受注した。明日からの生産で、19日には、頭出しに出荷をする。
新規 部品 異形品
posted by 元気な振りの爺さん at 22:47| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月14日

(^_-)-☆もう大変!

 3343 教え子たちと夕方、MM2100の中で食事をすることになった。教え子といったって、既に年齢は40を越えている。二つのMM2100に中の会社で、押出部門のトップたちだ。上司にあたる日本人はいるが、押出の事は知らないから、実質もトップだ。メールなどでのやりとりはあるが、実際に会って一緒に食事というのは、何年ぶりになるだろう。今回、一寸、私の方から、彼らに御願いすることがあって、機会を作った。

車で出かけるときに、必ず、BAK(ベーアーカー、ブアン アイル クチル、Buang air kecil,小便)をすましておく。必ずである。例え、10分ほど前にしたとしてもである。今日は、高速道路を選んだ。情報で比較的空いているらしかったから。
18時、ベアチュカイ側のカキリマレストラン村で待ち合わせ。会社から、チカランバラットインターに入るまでの時間は、平均30分かかるから、高速上を30分とみて、余裕をもって、16時半に出発した。途中、ホンダあたりから、渋滞になった。そして、してきたのに、膀胱に尿が、妙に溜まりだした。下っ腹は苦しくなりだした。路肩も一杯で、なかなか進まない。やっと、18時前に、MMに入った、限界、入ってすぐのIZUMIの駐車場に入って、そこのトイレに飛び込んだ。やれやれである。駐車料金3000Rpは、どこかのトイレを使っても、それくらいは払う。
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例によって、出ようとする車でMMの中は渋滞、できるだけ、空いているだろうと思われる道を選んで、カキリマ村に到着した。10分の遅刻だったが、彼らもそれより4分遅れて到着した。
彼らの会社にある顔料のサンプルを頼んであった、それを受け取り、食事をしながら、現状報告をしあった。楽しい時間を一時間ほど過ごして、別れた。帰りは、昨日と同じ、EIJPを通った。19時半すぎだったからか、渋滞は、ほとんどなくなっていた。

私は、車で一人で出かける機会が多いので、ついでに買い物をスーパーでする場合があるから、ポリエチレンの袋を何枚も車の中に用意してある。スーパーの袋を使わないためである。そして、これが、緊急に場合の尿袋になる。本当に、どうしようもなくなった時に、何重にもして、この中に、車の中で尿を貯める。勿論、ペーパータオルやティッシュペーパーは社内にあるし、飲料用だが、ペットボトルに水も用意してある。20年間で、3回、車内で使ったことがある。

家に戻ったのは20時過ぎ、昨日、今日、単にMMへ行って来るだけで、大変になってしまっている。
待ち合わせ 間に合った 尿意
posted by 元気な振りの爺さん at 19:40| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月13日

(^_-)-☆抜け道

 3342 チビトゥンの金型やへよって、金型を受け取った。そのまま、MM2100の客先へ行き、そこにある金型と先程受け取った金型が合うかどうか確認した。残念ながら、一寸、合わない部分があって、今度は、先に寄った金型やへ戻り、合うように、修正を頼んだ。出来上がりは三日後だという。また、受取に、行かなければならない。一般国道を東に向かい、チカラン旧市街地を通過する道を選択した。多分、正解だったと思う。MM2100へ入る前に、高速道路をまたぐ橋を通るが、上から見た高速道路は、東西両方向とも、見える限りずっと遠くまで車がつながっていた。

その前、ジャラン ラヤJalan raya(国道)から、南に向かいMM2100方向に行くのだが、一般的には、高速道路のチビトゥンインターに向かう広い取り付け道を行くのだが、相当、混んでそうなので、ジャラン カリマランに出るため、手前のコカ・コーラ工場のわき道を南に向かった。この道の一番の心配は、雨が酷いときに、冠水して、通れなくなることがあるし、通れても、大渋滞になる場合がある。
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今日は、いい天気で、快適に走っていたが、冠水場所には、しっかり、水が溜まっていて、バイクも車も中央寄りの車線をのろのろ通過していた。

いわゆる、これが、ジャラン ティクスJalan tikus(ネズミ道、近道、抜け道)である。

チカランとMM2100を行き来するルートは、基本的には、トール、カリマラン、ラヤの3ルートだが、もう一つ,EJIPとつながっている。私の工場からはラヤが一番近いから、今日のように、その途中へ寄る場合は躊躇せず、ラヤへ向かう、チカランの町の中心を通過した後、MMに行くには、カリマラン川を横切らなければならない、カリマランに向かういくつかの道があるので、どれを選ぶかこれも迷うが、今日選んだ道が一番、外れがない。

最近は、渋滞情報をチェックできるようになっているが、これが、外れが多いから、私は、全く、当てにしない。

帰りは、南に向かって、EJIPを通過して、チカランバラットインター前の道を北上しる道を通ることが多い、一番遠回りになるが、渋滞がほとんどないと読んでいる。今日は、インター前のフライオーバー付近から、ガスリンスタンド前まで、大型トラックの、ガソリンスタンドへの行列で一車線を塞いで、渋滞していた。
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最近オープンしたグリーンパレスレジデンス チカラン/Green Palace Residence Cikarang

トールとカリマランを通るルートは、渋滞がなければ、近いし、早く行けるが、とにかく、渋滞がひどいから、最近はほとんど選ばない。
感覚 予測 道選び
posted by 元気な振りの爺さん at 22:43| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月12日

(^_-)-☆臭い 不潔 汚い

 3341 今更という感じだが、バリ島の周辺の海がゴミだらけ、海のゴミはどこからか、日本などの場合は、外国からのものが多いと聞いているが、インドネシアの場合は、外国からではなく、自分たちからだ。その自分たちが捨てたごみは、世界中の海にバラまかれている。
https://travel.detik.com/travel-news/d-3903217/duh-malunya-sampah-di-laut-bali-jadi-pemberitaan-media-dunia?_ga=2.57155754.1666351376.1520760872-1454307320.1516356511
Duh Malunya, Sampah di Laut Bali Jadi Pemberitaan Media Dunia恥ずかしいことに、世界中のメディアがバリの海のゴミをニュースにしている。
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水が氾濫すれば、ゴミが表面を覆う、ゴミが流れを止める、水が引かないで洪水が長引く。臭い汚い不潔、ジャカルタの北の海はゴミと油で、生物は絶滅。プラウスリブ周辺の海は、サンゴの残骸とプラスチックのゴミの自然破壊の見本になっている。

面白いことに、ISOだの5Sだのと、やっている会社が一応、不燃物、可燃物と捨て場所を分けていても、その通りかどうか、チェックしないし、回収業者は、混ぜて持ってゆく。

私が住んでいる新興集合住宅地、新しいから、まだ、きれいだ。そして、各家の前にボミ箱が置かれている、週二回、それらのゴミを業者が回収してどこかへ捨てる。各家庭からのゴミの仕分けはしていない。一体どこへ捨てるのでしょうかね。
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近くの商店街には、あちこちにゴミ捨て場が勝手にあり、いつでも、だれでも、そこに捨てていいらしい。いつ誰が、これらのゴミをどこへ捨てるのでしょうか。何とかしようと思わないのでしょうか。ずっとこのままなのでしょうか。インドネシア中全部の道路はゴミ捨て場になっているいようですね。いや、道路というより、インドネシア中全土がこんな具合なのでしょうね。陸、海も空もですね。インドネシア人にとって、普通なのでしょうね。

ジョコさんも、アニスさんも、いいとは思っていないのでしょうが、手の付けようがないのでしょうね。
 臭い 不潔 日常
posted by 元気な振りの爺さん at 22:33| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする