2016年06月25日

(^_-)-☆贈答品

 2717 今時、各サプライヤーは、お中元ならぬ、なんというのでしょうか、パルセルと聞こえる。客先へ贈り物を届ける。客先の方は、いつで、仕事が終わりますよ、という知らせを出してくる。その日までに間に合うように贈り物を持ってきてください、と、言っているかのように、です。もらったものを最終日にスンバコとして配る会社が多い。だから、当てにしている会社も多い。スンバコはスンバコで準備してあるので、平等に分けたうえに、わが社も、当然、貰い物は、アミダで分けるものが多い。
 私の処も、客先であり、サプライヤーでもあるから、受け取りもするし、届もする。一般的に、贈答品のセットが売られている。スンバコの類だが、大小、ピンキリで、どの程度の値段のものを持ってゆくか迷うが、私の場合は、それほど、多きな取引ではないと思うので、10万Rpくらいのセットにする。ドライバーに届けさせるので、客先の倉庫(受け入れ場所)の人たちに、会社に渡すものとは別に、途中のケーキ屋で、ドーナツなど12個入りのセットを買わせて、ドライバーの顔を立てる。

 Paecer parcelパルセルと言います。ラマダーン レバランの贈り物です。お歳暮、お中元の類です。近くのジャイヤンへ行ってみた。店内はごった返していて、十カ所以上ある支払いカウンアーの全てが長蛇の行列だし、それぞれが、カートにあふれんばかりの品物が載せられていた。こりゃ、困ったぞ、相当時間がかかりそうだし、行列の後ろに着くのも嫌だし、それよりも、買いたいものが何処にあるかも分からない。だから。先ず、インフォメーションに行って、箱に入っている贈り物はどこにあるか聞いた。そしたら、ここに“あるよ“と言いながら、パンフレットを出してきて、どれがいい?と聞く、やった!これだ! 10万Rpのセット、カートンボックス入りになっているパルセルを2箱註文した。箱を買って、いろいろなものをバラで買って、詰め込む方法もあるが、面倒だから、セットになっているものにした。プラスチックコンテナーやロタンの籠に入れているものもあったが、20万Rp以上と高いのでやめた。支払いはここのインフォメーションで済ますことができ、行列の後ろに付く必要はなかった。よかった。
 ただし、そこのカウンターで待っている私に、ここの案内人だと思ったやつがいて、つかつかと寄ってきて、景品の引き換えはここですかと聞いてきた。どうも、ここらしいので、ここだよと答えた。その通り、レシートを待った人がやってきては、鍋とかガラスの皿などをもらっていた。そいつ、直ぐ、私は個々の人間ではないことがわかって、苦笑いをしていた。私はインドネシア人じゃないよ。
IMG_3207.JPG
IMG_3208.JPG
戴いたパルセルと贈るパルセルと戴いたパルセルを詰め替えて贈るためのカートンボックスです。
IMG_3217.JPG
先ほど、また、TVで“ラスカル プランギ”を鑑賞した。勿論、この校舎に行って、中を覗いたこともある。ブリトゥン島です。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0075.html
http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00092.html
http://otaenplaext.net/newpage48.html
http://otaenplaext.net/newpage49.html
ヤフーブログのプロフィールの写真にしています。http://blogs.yahoo.co.jp/enplaind
贈答 パルセル 習慣
posted by 元気な振りの爺さん at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月19日

(^_-)-☆当たり前意識

 2619 沼津の弟のような会社へ行って、アラックバリを渡してきた。何年間かを一緒に仕事をし、譲った会社だ。私が立ち上げた会社の最初の従業員でもあった。40年くらい前からの昔話は尽きない。
IMG_1145-.JPG
IMG_1151.JPG
IMG_1154.JPG
 また、富士山、いつものパターン、薩埵トンネルを出たところ、と、富士川楽座の横から、この右側に私が入る予定のお墓がある。そして、富士川橋に差し掛かったところからだ。富士の町とその向こうに愛鷹山が見える。

プロ野球の賭博問題?とは、別物だと思うが、公式戦に勝つと試合前の円陣で音頭をとった選手が、他の選手から集めたおカネをもらえる、件。清原のことやジャイアンツの選手、何人かが、賭博に絡んでいたことなどから、このことも、賭博だ、けしからんと、言われだし、巨人のほかに、何球団かで、同じようなことをしていることが、明らかにされた。どうでしょうか、私は、賭博などではないと思う。一種の息抜きというか、楽しみのようなもの、出来高払いのシステムのようなもの、私たちがやっている、ゴルフのオリンピック結果の金銭授受のようなもの、野球選手だって、他のプロスポール選手だって、スポーツではないが、私だって、プロだし、その道のプロは山ほどいる、彼らが、仕事で、何かが成功すれば、金銭をもらえるとか、出し合って、金銭の積立制度からだして、飲み会をやったり、何か記念品を上げたりすることもある。これらが、賭博だと言い張る人はどれだけいるでしょうか、彼らの意識感覚は、特別だとか異常だとか、批判する人がいたとして、その人は、きっと、ゴルフのオリンピックも掛けマージャンもやらないし、頼母子講などのようなものも批判するのでしょうね、きっと。
パチンコや競輪、競馬や競艇などの賭博を公認していて、何をおっしゃいます。
協約や会社の規定や制度や雇用契約に歌われている会員制度の会費制度の金額の中から、配分されているのも、ごく、当たり前のことですね。
やる気や指揮を高める意味、楽しみを増やす意味で、当たり前のことをしているだけに過ぎない、目くじらたてて、賭博だ、罪の意識がない、などというのが変!!

暴力団の資金源になるようなことに支出をすることは、賭博やドラッグでなくても、やってはいけないこと、法律に触れようが触れまいが、無意識でも結果は、悪だ。
掛け 麻薬 罪
posted by 元気な振りの爺さん at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月16日

(^_-)-☆イスラムっ?

 2464 レバラン前のラマダン断食プアサは年々、厳格さが無くなってきている。会社はこの時期、昼食は支給しない代わりに食費を渡す。昼休み時間も短縮する。しかし、従業員の多くは、断食から脱落する。外出して食事をするし、会社の周りに来ているカキリマに群がる。それが、楽しみにしているように罪悪感など全くないように見える。最後まで、断食を通しきる人は10%もいないと思う。
 毎日の断食明けの時間には、その期間の方が、豪華な食事が楽しむし、アルコール類も普段より多く飲む。

 ラマダン以外の時にもアルコールの消費が増えている。コンビニでビールなど酒類の販売を禁止された。子供たちが簡単に買えないようにしたのでした。しかし、やはり、スーパーで売られているのだから、消費は落ちたが、禁止の趣旨に対して効果はなかったようだし、ビール会社は扱い関係者の要求もあって、間もなく、また、コンビニで売ってもいいことになるらしい。

 政治と宗教は別物、というのが日本では常識だが、ここインドネシアでは、別物どころか、切り離せない。イスラムは支配者が、都合の良いように作った宗教だから、コーランが憲法だ。政治はイスラム教徒が牛耳っている。それでも。他の宗教が少しあるのだから、それらと之、もめごとを少なくするために、スカルノさんは、パンチャシラという国民の義務として五原則を作った。宗教の融和を図っているが、イスラムの気を使って、信教の自由は唱っていない。イスラムは、改宗を禁じているからだ。

以前は、ナショナルホリデー、国民祝祭日は、正月、独立記念日以外は全て宗教関連だった。今は、メーデーと春節が追加されている。日曜に重なっても、移動はしない。

私にとっては、これらの事は、どうでもいいことで、宗教以前に人として、どう生きるかの方が、重要だと思うので、イスラム教の人にも、その他の宗教の人にも、宗教などどうでもいいと思っている人にも、言いたいことは、嘘をつかないようにしてほしいことと、ゴミのポイ捨ては辞めてほしい、ということです。宗教家はお説教の時に、こういうことを、言って欲しいし、実際に先頭に当たって、ゴミ拾いをしてほしい。土曜の夜の公園は、多くの人が、集まって、何をするのでしょうか。適当に、遊んでいるだけだと思う。日曜の朝、足の踏み場のないほどのゴミだらけ、ゴミを拾う人、片付ける人が、どこかからか出てきて、10時ごろまでには綺麗にする。また、日曜の朝に別の広場や広い通りの道端に多くの人が集まってくる。体操などをしている。それも10時頃には、解散になる。この場所もゴミだらけになる。そして、12時ころまでには、ゴミがほとんどなくなる。イスラム教徒はゴミが身の回りに氾濫していて、異臭を放っている、その状態が気に入っていて、良しとしている。借金している意識はない。しかし、自分が責任の赤字と相殺すると、日本語の文章として変だと思うことを言っている人と同じで、モハンマドさんも、そういう環境が気に入っているのでしょうね。豚は不潔、臭いと言っていて嫌うのは、矛盾していますね。失礼ですが、こちらの人達より、日本の豚の方が数倍も清潔で良い匂いだと思うですが。マンダムの男性香水が飛ぶように売れていることからも、気にはしているようですが。

モハンマドさんというかアラーの神様か。解釈が幅広過ぎるような経典(コーラン)を残したことは、部外者として、もっと、はっきりと書いてほしかった。後に、色々な立場の人が、好き勝手に解釈できないようにしてほしかった。お陰で、禁止事項も曖昧だし、イスラム関連の国や民族の悲惨な状態が絶えないし、世界中で一番問題が多い地域はイスラム勢力圏だ。

そして、どこも、掃除はするが、ゴミが全くなくなることはない、また、その近くの川の両側に凄いゴミの山が築かれている。時々、燃やしている。
IMG_4539.JPG
IMG_4539-.JPG 
ハリム空港の入り口 スカルノハッタ空港の前は、ここが国際空港だった。その前が、クマヨラン現在見本市会場に使われている付近でした。ハリムは空軍の空港になっているが、民間ドメスティック路線で何社かが入っている。スシエアーのパンガンダラン行きも、小型飛行機がここから出ている。
空軍 民間 ゴミ
posted by 元気な振りの爺さん at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月04日

(^_-)-☆小さい一族

 2179 ファミリー、インドネシア語では親族という意味、家族はクルアルガといいます。そのファミリーが、私が4歳から18歳まで過ごした、いわゆる実家に集合した。現在は妹が住んでいる。荒物屋は、勿論、止めてしまっていて、私が生活していた、安西通りに面していた建物は、無くなって、駐車場、庭園、家庭菜園になっている。
IMG_0281.JPG
集まれば、私がほとんど最年長、そして、女性が大部分で、話が合わずに、ほとんど、孫や親せきの子供の姿を追っているだけになっていた。それでも、一応、いることが必要だと思って、毎年欠かさず、このために暮れから正月何日かまでは、日本にいることにしていた。
IMG_0294.JPG
安西橋を渡って帰る地中、凧あげをしたいと言い出した。学校で作った凧をまだ上げる機会がなかったらしい。河川敷の野球場に降りて行って、凧あげをさせた。孫たちは、経験がなかった。私が指導して上げることができるようにしてやった。始めての凧上げができるようになって、彼女達は、得意になって、誰もいない野球場全体を走りまわっていた。

気になる事、何だか変な妙な殺人が多い日本。そして、火事。
製紙会社の何千トンというチップに火がついて、四日間燃え続けていて、まだ、完全には鎮火していないようで、町中が煙に巻かれているという。健康上や商売上の被害は、数字ではあわわせないでしょう。また、城崎温泉?の火事、古い木造家屋の類焼は20軒近く?雪で真白な町の中に、真っ黒な部分だ。この火事も地元にとっては経済的にも大きな被害でしょう。京都、東京、横浜、埼玉のどこかでも火事があったようですね。亡くなった方もいるようです。原因はいろいろでしょうが、冬に火事が多い?火事がおきやすい原因として、寒さと乾燥がある。火事は始末が悪い。 “火の用心“
 凧上げ 火事 ファミリー
posted by 元気な振りの爺さん at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月03日

(^_-)-☆初詣

 2178 初詣、静岡人にとって当たり前の浅間神社。行って来た。その前に、臨済寺に寄ってみた。観光という形で寄ったことはないが、以前、いつ来たか覚えていないが、中学、高校時代には、裏山の地獄谷?という崖を降りて、ここ臨済寺を通過して学校へ戻るコースがランニングコースの一つでした。今日は、何が目的なのかは知らないが、大勢のお坊さんが出入りをしていた。各、支店のようなお寺から新年の挨拶に来ているのでしょうか。そのお坊さんとすれ違うたびに挨拶されるので、挨拶を返しながらお参りをした。静かな雰囲気でした。

元、静岡大学の脇の道に駐車し、歩いて浅間神社に向かう。この辺りは思い出の場所が多い。相当久しぶり、中学一年の担任、地図のことを地理付図と言っていた鈴木宗元先生の富春院の前も通った。お寺の住職をしていたのでした。奥さんが亡くなられ、平日だったが代表でお葬式に参列することになったが、その葬式の豪華さというか、派手さにびっくりしたことを覚えている。10人ほどの坊さんが両側に並び、鉦や太鼓でチンジャンボーンと何度も繰り返していた。
IMG_0267.JPG
IMG_0269.JPG
11時半ごろ境内に入ったが、もの凄い人出、なかなか、前に進まない。孫の二人は振り袖姿、着物を着ている人は少なかったので、結構、注目の的でした。おみくじを引いて百段の下まで行って、引き返した。滞在時間は20分くらい出した。全ての出店で売っているものの値段、目が飛び出るほど高い。それでも、どの屋台?出店?も長蛇の列、だから、何も買わなかった。出口の一つに向かう時、その道を塞いでいた長い行列があった。ここは何の店かなと、列の先頭に目を移したら、そこはトイレでした。

家でゴロゴロして正月を過ごしている方も、正月早々、仕事をしている方も、色々な人生、生活がある。私のような二重生活をしている人も少しいるでしょう。二重と言ったって、日本の生活は5分の1もない、その5分の1に期間に、今いる。だから、継続性がない、あと何日、ここにいると気になるのは、日本にいる時で、インドネシアにいる時には、そんなことは思わない。後二週間、なんとなく、のんびりと過ごすことになるのだが、それでも、日本で何をするのか、少しは、考えたい。
思い出 行列 ランイングコース
posted by 元気な振りの爺さん at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月02日

(^_-)-☆よろしく!

 2177 穏やかな新春を迎えた。2015年 今年も、どうぞよろしくお願いいたします。快晴の空から風花(かざはな)が舞っていた。“雪が降っているよ””と、はしゃいでいたが、二三分で無くなってしまった。写真には写らない。
IMG_8660.JPG
準備したあった米麹を使って、濁酒と甘酒の素を作ることにした。1kgの麹を酒に200g、甘酒の素に800gを使った。家で作るのは初めてだが、特に難しいことではないので、数時間ほど経過した状態です。どちらも、既に、それぞれの匂いがはっきりしている。
IMG_0241.JPG
IMG_0242.JPG
NHKEテレで、毎年の習慣で、ウイーンフィルハーモニーのニューイヤーコンサートを聞いていた。最後のラデツキーマーチは孫と一緒に拍手をしていた。

孫たちが既にできるようになっていて、百人一首をやろうというので、全員でやった。読み人は妻がやっていたが、途中から、孫に代わった。なんとなく、それなりの読み方になっていた。百人一首をするのは、娘が子供の頃だから、30年以上前が最後だった。私が子供の頃は、母親が上の句をちらっと読めば、取れる人だったので、私も、大体の札は、そんな感じで取れるようになっていた。先ほどの久しぶりの百人一首でも、取るか取らないかは、別だが、読み始めれば、ほとんどすべての札を捜すことができた。記憶はそれほど衰えていないかもしれない。ちょっと、ほっとしていた。
昔、源平合戦などの時には、自分の札は勿論、相手側にある札の位置も数分間の間に覚えたものだったが、今は、何の札がどこにあるか覚える作業がほとんどできない、覚えようとしないので、皆が捜し始める下の句が読まれはじめる前に取ることができない。その反面、孫たちが捜す能力が高いことには感心する。だから、句を知っている効果があまりでない。

過去に記憶したことは忘れていないが、直近の事柄を覚える能力は明らかに低下していることを感じた。だから、“今何をしようとしていたんだっけ”ということになるのでしょう。新春早々、こんなことを感じさせられた。
習慣 記憶 能力
posted by 元気な振りの爺さん at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月14日

(^_-)-☆出てこない見積

 2005 6時前から雨が間断なく降り続き、時には激しく、時には霧状に、夕方まで降っていた。寒い中、ぐしょ濡れになりながら、ゴルフ、風邪を引いてしまうことを心配し、日本で冬にやっている時のように、暑いコーヒーなどを垣根越しに買って飲んだり、ハーフ終了時の行列待ちでは、熱いアヤムゴレンを食べたりして、体を温めていた。
昼過ぎ家に戻っても寒いので、扇風機やエアコンをオンにしないで、テーパナスを飲んでいた。一日中、太陽を見なかった。
寒くて、眠くて、夜、8時頃ベッドに横になったら、そのまま、寝込んでしまい、目が覚めてのが夜中の二時だった。そして、その時も、まだ、寒かった。完全、乾季のはずの今、やはり、異常気象だと思う。

この時期、毎年、同じことを書いているような気がする。プアサも半分過ぎ、あと、二週間である。テーハーエルの声があちこちから聞こえてくる。恒例のラマダーン前のお金のおねだりである。THR(Tunjangan Hari Raya)テーハーエルとしか聞こえない。直訳は“国民祝祭日の援助金“だが、インドネシアでは、レバラン休暇の小づかいのことである。一種のボーナスで、一般的に給料一カ月分が支給される。休暇の一週間前には支給されると思う。義務や強制ではないので、業種によって、業績に依っては、支給しないか、少ない場合もあるが、従業員と揉める場合もある。この時期、会社によっては、スンバコ(九つの生活必需品)を配る。皆さん、だめもとだと思っているだろうが、人の顔を見れば、THR,THRと言ってくる。ラマダーンに入ってからの挨拶のようなもの、適当に頷いて答える。挨拶の様なものだ。逆に、何も言わないことが、礼儀を書くと思っている節もある。

私が見積もりをお願いする事は沢山あるが、今は、私から、見積もりを出すことはしていない。装置に余裕がないからである。今まで、試作した仕事や出してある見積もりの仕事が入ってしまうと、一杯になるどころか、足りなくなってしまう、危うい状態にあるからだ。それを、解決するために、原料は装置に関して、聞いていないとい言われないようにメールで、見積もりを依頼しているが、どんな障害があるのか、その見積もりが、なかなか出てこないので、困っている。
IMG_5728.JPG
IMG_5740.JPG
花、華と言えば、私にとっては、やはりこれ。ラフレシア パトゥマ
見積もり 頼む 聞いていない
posted by 元気な振りの爺さん at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月12日

(^_-)-☆ブンクスって

  1942 以前にも、書いたと思いますが、もう一度、書きます。
Bungkusブンクス、包み、という意味の基本語です。当たり前に普通に使われる言葉です。インドンシアでは、日本の弁当屋と同じような役目をする、カキリマやワルンが発達しているというか、家庭で料理したものを食べるという習慣が希薄で、外食か持ち帰って家で食べるのが普通です。朝食もその通りです。夜遅くまで、営業しているし,夜中じゅう、早朝、暗いうちから、営業する場所も多い。ブブールといって、お粥を食べる習慣があって、子供が買いに来ています。ワルンやカキリマの中やそのすぐ外で食べる人は通りがかりの人たちです。会社へ出勤途中に寄る人、主婦や子供、その多くは、その場では食べないで、油紙、プラスチックの袋、発砲スチロールのパックなどに入れてもらって、職場や学校や家庭に持って行って食べます。

また、あまり、日本にはない習慣だと思うが、レストランやカキリマでもワルンでも、余った食べものやスープでも、持って帰る人が多いし、当たり前のことです。持って帰って、後のことは、持て帰った人の責任ですから、要求されたもの全てを持ち帰ることができる状態にしてくれます。ジャカルタなどの高級レストランのことは知りません、大部分の一般的な話です。持ち帰りに何の躊躇も要りません。私も、もちろん、食べきれない場合は持ち帰ります。
当然、そこで食べないが、例えば、家にいる人に土産として、注文し持ち帰ることは、日本と同じです。

これらのことを、すべてBungkusブンクス、といいます。店の人にブンクス、と言えばいいのです。簡単です。イニ,イニ、イトゥ、ブンクスというのです。包む、包まないにしても、お持ち刈りのことを総称して、ブンクスというのです。これも、すでに、書きましたが、カラオケなどでも使います。余った、アルコール類や摘みを持ち帰るとき?それもあるかも知れませんね。
IMG_5935.JPG
私は、USBモデムをフラッシュとスマートフレンの二種類を使っている。それぞれ、一か月13万Rp(1100円くらい)4GB,10万Rp(900円くらい)8GB大体使用量が一月10GB〜12GBなので、丁度いいと思っている。何故、それなら、スマートフレンを二つにしないのか、ということになるが、地域に寄って、接続の早さが違うからです。特に、地方へ行った時には、フラッシュの方が、ダウンロードが早いし、どこでも接続可能だした。その他にも安くて容量が大きい物もあるが、地域が大都市周辺に限られると思う。という理由です。だから、普段、家ではスマートフレンを主に使っている。
12GBで15万Rpというのがあるが、やはり、一か月、期限なので、1か月ではこんなに使えないから、やはり、今のままで行くしかない。
会社では、無線ラン(WiFi)を使っているが、偶に、具合が悪くなる、そういう時のためのモデムでもある。今、主流になっている、携帯でのネット接続機能を持っているが、文字が小さくて、見えないし、指で押すのも小さすぎて、どうにもならないので使わない、それに、会社以外の場所での接続の方が遥かに多いので、費用の会社に出してもらうわけにいかない。ガソリン代は、領収書の提出を控えればいいが、通信費を仕分けるのが難しい。
IMG_6047.JPGimg_1[13].jpg
こんな孫たちが居るのだから、インドンシアでガタガタしていないで、教育ジジイでもやっていればいいのに,と思うこともある。
ネット ブンクス 便利
posted by 元気な振りの爺さん at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月26日

(^_-)-☆Sendok dan Garpu

 1895 ナシゴレン、ミーゴレンは、多くの人が知っているインドンシア料理ですが、インドンシア人は、こればかりを食べているわけではない、むしろ、それ以外のインドネシア料理のほうが良く食べられている。私が好きなのは、ソプやソト類である。

もともと、インドネシア料理の食べ方は、右手で摘むか、乗せて、口に持ってゆくのが、作法です。今でも、多くのレストランやワルンでは、そういう食べ方です。高級レストラン、高級ホテルでも、その食べ方でOKです。必ず、手を洗う場所があるし、フィンガーボールが出される。だから、スプーンとフォークを使うようになったのはいつごろからでしょうか。オランダの植民地時代はまだ、右手で食べていたと思う。そして今も、インドネシア全体を見れば、人口の半数以上はまだ、右手掴みで食事をいていると思う。
“スプーンとフォーク”この組み合わせ、欧米スタイルなら“フォークとナイフ”だが、インドネシアは、”Sendok dan Garpu”である。欧米スタイルなら、スープは、やはりスプーンを使うわけで、そのほかにも料理ごとに別の道具を並べられていて、ちょっと、作法が面倒臭い。
その点、インドネシアは簡単だ。他の道具が出されることはない、スプーンとフォークだけですべてOK。そして、それらで,食べにくい場合は躊躇なく手掴みで食べている。そしてスプーンが大活躍する。多くの料理にスープがつくか、スープが主で、ご飯がつくかどちらかだ。そして、ご飯にスープを掛けて食べる人が多い。猫飯だ。これを食べるにはスプーンでなければならない。レストランでは、チャンプルとピサーの二種類のメニューがある場合がある。チャンプルというのは、ご飯とスープを混ぜたもの、ピサーは別々という意味だ。

 インドネシア料理は、概ね、問題なく食べられるし、ワルンやカキリマでも問題なし、お腹を壊す心配をしたことがない。安さ、美味しさ、量の調整などを考えると、日本食レストランの日本食より、遙かに私に合っている。ただし、ただ一つだけ、食べない付け合わせがある。それは、生野菜だ。胡瓜の輪切りやレタス、そのほかに、名前を知らない野菜が、生のまま添えられる場合が多い、それは、食べない。当たる心配というより、美味しくないからだ。

一つ、不思議に思うことがある。昨日、インドネシア人への土産にクルプックのことを書いたが、御飯が盛られた皿に、必ず、クルプックが添えられる。種類は多彩で、原料の粉も何種類かある。日本のカッパエビセンを薄く丸くした煎餅といったところでしょうか。とにかく、必ず添えられる、スープ類にも載せられることが多い。もう一つ添えられるものがある、漬物?胡瓜やニンジンを細長く切って、酢漬けにしたもの、何故か、緑トウガラシ(Cabe hijau、小さいが、超カライ)も混ぜられている。これも、食べてみたいとは思わないので食べない。御飯だけで他の物は抜きでと注文いても、生野菜と漬物が付いてきてしまう。
IMG_5017.JPG
空港のレストランのソッブントゥットゥ、高い割においしくなかった。これにも左にご飯とクルプック(トウモロコシの粉から作られている)が添えられていた。
IMG_5020.JPG
機内の最後部から前をみた。ガラガラである。十分熟睡することができた。ビジネスやファーストクラスより遙かに、寝心地はいいと思う。
クルプック センドック ガルプ
posted by 元気な振りの爺さん at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月06日

(^_-)-☆カマール マンディ

1875 また、話は、がらっと、代わって、カマール マンディ (kamar mandi)は、水浴を兼ねる部屋、カマール クチル(kamar kecir) は、原則として大小便をする部屋で水浴はしない。トイレはどちらでも、どこでも通じる。“トイレ ディ マナ?toilet di mana?”でOK。
インドネシアのトイレについて再び触れて置く、基本的には、川岸や小川や海岸など、自然の水が汚物を流してくれる場所がトイレになる。そして、その場所は、服や食器類の洗い物をする場所でもあるのです。多くの田舎、多くの町を訪ねている私の感覚では、面積でいったら、80%以上がこのようなトイレだと思う。このあたりでは、カリマラン川が典型です。自分の家や敷地内にトイレがある家庭は50%以下だと思う。浄化槽を設備している家は1%もないのでは、と思う。全て、下水というか、側溝というか、とにかく、外に流し出してしまうだけだと思う。

家でも外でも、トイレと水浴びは一体というか、切り離してはならない事らしい。用を足した後は、水で洗って綺麗にすることが当たり前なのです。水を出来るだけ沢山掛けて、左手で洗うのです。だから、カマール マンディ(kamar mandi)水浴室ですが、トイレなのです。一昨日の写真のような形式が普通です。この部屋で大小便をし、体も洗うのです。少なくても、下半身はすっぽんぽんになります。だから、脱いだものを掛ける場所が必ずあります。用を足した後、紙で拭くだけの日本人は不潔、夜、寝る前だけ風呂に入って体を洗う日本人は不潔と言われます。臭いと、鼻を摘ままれます。日本のトイレの実態など想像の外の彼等は、自分たちは、清潔で、環境も汚してなどいないと胸を張るのです。そう言われると、なんて言ってやったらいいか分からなくなる。トイレと風呂場が離れている?とんでもないことらしい。

と、いうことで、最近、洋式トイレを採用している施設が多くなっている。会社のトイレも、ほとんで洋式になってきている。座るところがグシャグシャに濡れている。足を置いてしゃがんで用を足し、そのままの姿勢で、水を流し、手ですくって、お尻を洗うのです。多くの場所には、お尻を洗うための水が出るホースが手に届くところにあります。その勢いがいい水で洗うのです。

また、水で流すから、紙を使う習慣がなかった、今でもない地域がほとんどだ。トイレットペーパーはトイレの中に入れて流してはいけないという、言い伝えがあるらしい。チュッシュペーパーと違って、水溶性だから、流しなさい、と言っても無駄のようで、汚物を入れる容気が置いてあって、そこに、使用済みの紙を入れて置く、もっとも、トイレットペーパーは、汚物を拭きとる役目ではなく、綺麗にした後の水を拭きとるために使用しているので、汚物が付いていない。
Pl Komodo1.jpg
Pl Komodo2.jpg
そういう機会は日本人にとっては無いでしょうが、明け方、海岸に上陸する時には、注意が必要です。半溶けのウンコがあちこちにあって、避けて歩くことが難しいくらいの海岸もある。コモド島の周辺の島は特に凄かった。
Sg Mahakm.jpg
カリマンタンのスンガイ マハカム(sengai mahakam)を上下した時も、両岸は、トイレが連続していた。
http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00073.html フォト Sg,mahakam
不潔 川岸 ビショ濡れ
posted by 元気な振りの爺さん at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月25日

(^_-)-☆ガソリンスタンド

 1866 ガソリンスタンド(Pompa bensin)は、Pertaminaという国営の会社が仕切っている。ベンシンはガソリン、ソーラルは軽油、ジーゼルです。ベンシンはプレミアムが1L,6500Rp、ソーラルは5500Rp、補助金で価格が抑えられていますが、昨年6月の値上げ前は、ずっと、4500Rpだった。ハイオクのプルタマックスはこの頃、11000Rp以上でしょうか、補助金がないので、変動相場です。数は非常に少ないが、外資系のガソリンスタンドはガソリンが11000Rp以上、ハイオクは12000Rp以上だと思う。私は、プレミアムしか入れたことがないので、他の燃料の価格は、気にしていないので、間違っているかもしれない。面白いというか、困ったものというか、4500Rpの時も現在の6500Rpでも円に換算すると55円くらいです。偶々、そうなっているのです。でも、日本のガソリンと比べると安すぎますね。日本でガソリンを入れる時、本当に大損しているような気がする。
平均で35%以上上がったのですから、インドネシアでは何でもかんでも、上がった。それに伴って給料も上がっている。

ガソリンスタンドは、どこへ行っても、心配はいらないほど、数が増えている。ド田舎、山の中、でも、ガソリンスタンドは突然現れる。10年ほど前から、急激に増えた。トイレとムスジッドが必ず付属しているし、この数年の間にバイク専用のポンプが設置されるようになっている。新しいガソリンスタンドは、カマールマンディ ムスジッド、バイク専用ポンプ、それにコンビニエントストアーも揃っている。インドネシア人にとっては、至れり尽くせりである。昔、トイレに寄りたいときには、どこにでもあるムスジッドを利用したが、今はガソリンスタンドがあるので安心だ。
町中や工業団地内のガソリンスタンドは、長―い列ができている場合が多いし、何と言ってもバイク専用がないバソリンスタンドは、大混雑になる可能性が高い、時と時間に依っては30分以上待つことがある。それに引き換え、田舎のガソリンスタンドは、多くあるポンプのひとつしか使っていないがそれでも、列などにはならない。受量と供給のバランスがうまく取れていない。新興住宅地や工業団地周辺はどんどん需要が増えているが、ポンプの数が以降に増えない。そういう場所のインターチェンジのゲートと同じ現象だ。予測と実態の把握ができないインドネシアらしい、行政スタイルだと思う。私は日曜日ガラガラのガソリンスタンドに寄る。日本人が使っている運転手は、昼間、暇なときに長蛇の列についているでしょう。

私は日本でもインドネシアでも金額を言って入れてもらう。満タンとか何リッターではなく、20万Rpとか4000円などという。金額を聞いて払い、お釣りを待つのは面倒だ。残りの目盛を見て、満タン近くまでの金額は分かる。ガソリンスタンドの人もその方が何かと簡単だと思う。

もう一つ、インドネシアのガソリンスタンドでは、給油する前に、必ず、ポンプの数字が“ゼロでしょ”と、入れる人がいう。スタンダード クルジャ(作業標準)になっているのでしょう。返事をしてもしなくても良いが、つい、その方を見てしまう。確認しないと、後で、“ゼロからではなかっただろう”と言われる恐れがあるのでしょうね。きっと。


また、この三年前ほどから、LPGの配送サンターが新設され始めている。例の小型LPGボンベ(3Kg)を普及させるためである。看板が同じプルタミナなので、看板を遠くから見た時に勘違いしてガソリンスタンドに着いたと思ったことが何度かある。
IMG_0311.JPG
一年以上前から工事をしていて、この半年ほどは、全く動きがなかったが、この頃、片付けが再開され、間もなく、営業開始かなと思われるが、どうでしょうか。もう出来上がっていると思うのだが、なかなか、使用開始にならないのがインドネシアンスタイル、このガソリンスタンドはどうでしょうか。
IMG_0315.JPG
日曜日の昼過ぎのスナップ、車の修理をしている。のどかな風景です。
給油 トイレ お祈り
posted by 元気な振りの爺さん at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月08日

(^_-)-☆務まらない

 1849 文章が間違っていて、理解しにくいかもしれませんが、日本語、英語、インドネシア語でウェブ サイトを作ってみました。とにかく、インドネシアでは、まだ、作られていないものだけ(例外はある)を作って行きたいと思っています。輸入している押出し成型品は輸入する必要がなくなりますよ。
http://otaenplaext.net/newpage52.html  PCカバー(LED直管ランプ用)
http://otaenplaext.net/newpage53.html  TP.ASKA 押出成形部門の紹介です。(ウェブ サイト)
IMG_4769.JPG
私がインドネシアで始めて作った製品のほんの一部です。

昨日に続いて、今日、見つけた意見をかなりはしょって、見出しだけを抜粋してみました。
『仕事でうまくいかない人の5つの特徴は次の通りだそうです。
1.会社を批判し続ける
2.上司を否定し続ける
3.「自分は仕事をしている」と思い込んでいる
4.「できない」理由を見つけるのが得意
5.「ブーメラン」の意味がいつまでもわからない』
という文章があった。合っているかどうかは別問題だが、これらの事を見ると、仕事でうまくいかない人ではなくて、会社の中の他の人とうまくいっていない人の特徴を指摘している。そして、その前提が仕事の能力が低い人になっている。
仕事でうまくいっていない人の定義は?能力が実力通りかそれ以上には発揮されていない。仕事で成果が上がっていない。会社に対する貢献が足りない。そういう人の事でしょう。その原因の一つとして、会社の仲間や上下関係とうまくやっていけない、というのがあるとは思う。場所を借りるような、個人でする仕事、例えば、商品のセイルスをする人、勧誘をする人などは、同僚と仲良くなどということはほとんど無視していい。生産に携わる人はチームワークが重要な職場が多いので、それなりの気使いができる人でなければならない。仕事で合せるというより、仕事以外の事で他人と合わせる能力が必要とされる。リーダーとなれば、上に会わせるとともに下のレベルアップも考えなければならない。難しいですね。

というわけで、私の場合ですが、今は違うが、私の部門だけなら、上手くやってきた。就職して1年も過ぎないうちに、色々ある部門の中で、私が配属された押出し部門を自立させていた。その時は、三交替勤務の班長で部下は6人でした。中卒高卒で東北や山陰出身者ばかりでした。それでも、私の班から製品を立ち上げ、製品化し、次の日に出勤してきたときにその製品に不具合があってストップしていたラインをまた立ち上げる役目をした。そして、押出し部門は十分な利益を上げていた。しかし、三交替勤務を卒業し係長補佐というポジションで押出し部門全体の責任者になった時から、組合の委員長をしていたこともあって、部下からは、信頼されていたし、部下に不満は全然なかったが、仕事をしないで手柄だけを持って行き、自分ができないのに、あれやれこれやれ、遅いなどと、文句タラタラ、挙句に自分が引き受けてしまった仕事を渡しにやらせ、自分は手を出せないので出さない。期限までにできないときは、私に、誤りに行かせ、製品ができた時には自分が持って行く、その製品に公差に入っていない部分があって、客先から指定されると、私に文句をいう、そしては、私に製品を持って行かせる。そしてOKになれば、ご本人が製品の梱包方法や検査方法について打ち合わせに行く。給料は親会社からの出向ということもあり、歳も10歳以上上ということも在り、私の二倍以上だった。バカバカしくて会社を止めることにしたのは入社して5年目でした。実際に止めたのは7年目が終わった三月末でした。
自分で始めれば、順調そのもの、儲かる仕事がどんどん舞い込んだ。ほとんどが、日本では私が始めて作った製品でした。社長を止めた50歳まで、社員は良くやってくれたし、待遇も零細企業にしては人もうや止むように情況にしていた。取引銀行からの信頼も地域でNO1だった。

そして、その後、インドネシアでは、やはり、その会社のトップがそれなりに仕事してくれている人なら、十分な利益をもたらし、客先やインドネシア人から信頼されている私の存在も認めてくれていたが、仕事をしない人がトップになった時には、その人からはあからさまに排除された。その人たちが気の毒に思った。その人たちは『』内の事が当てはまる人達でした。私を排除しても、ご本人、そう長くいるわけでもいない、他の人に変わった時に、惨めな思いをする可能性が高いと思う。
IMG_4769-.JPG
通勤途中の大雨。
やる やらない やれない
posted by 元気な振りの爺さん at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月31日

(^_-)-☆醜い猿回し

 1749 Topeng monyet dilarang!!! Topeng monyet yang selama ini hiburan murah meriah anak-anak, kini dilarang, Gubernur DKI Jakarta Jokowi dengan alasan tidak berperikebinatangan, Kebijakan Jokowi merazia topeng monyet dinilai masyarakat sebagai kebijakan lebay dan tidak sdil,
上の文章は、猿回しを禁止したジョコウィさんに批判的なものです。子供たちの安い動物虐待ではない娯楽だったものを禁止した。ジョコウィの猿回しの手入れをする考えは、大袈裟だとか、公平ではないと市民から批判されている。
topeng monyet2.jpgtopeng monyet1.jpg

その他の記事では、ジョコウィさんを支持している意見が圧倒的に多い。お金を渡すのは、猿が可哀そうだからで、猿回しを見て楽しかったと思ったことは無いという意見が多かった。
ジャカルタで猿回しを禁止する政令をジャコウィさんが出した。もう、一週間ほど前になると思う。トッペンは仮面の事です。猿回しの猿は人間の赤ちゃんのようなお面を付けられて芸をさせられる光景が多いから猿回しの事をトッペン モニェットというのでしょう。私も何度もこの路上猿回しを見たことがある、行楽地でも見たことがある。日本の猿回しも可哀そうに思うが、インドネシアの猿回しはもっと不気味で気の毒に思う、見るに忍びないというか。虐待の影が彼らの状態から見える。

Satuan Polisi Pamong Praja (Satpol PP)という、警察の特別班のようなものが、猿回しの猿を飼っている場所を手入れして、猿の飼い主から取り上げて回っている。一匹、1ジュタ(9千円くらい)払っている。

明日、明後日のデモやストライキの情報について、いくつかはいているが、どうも、はっきりしない。上部団体から、各会社の組合幹部に実行の指令が出されていないらしいとか、組合団体の地部では、実行しないと宣言しているらしいなど、の情報もあるが、一部の上部団体は実行する可能性が高いという話もある。装甲車の配備はしてあるし、一説では、陸軍の出動準備も可能な状態にしてあるなどの情報もある。いずれにしても、狙われやすい、大きな工業団地の企業は、警戒を充分しておくようにと、各工業団地の事務所から通達が出ていると思う。
IMG_3486.JPG
IMG_3486.JPGIMG_3488.JPG仕事の方だが、いよいよ、最終サンプルの提出日が迫っている。出せるサンプルはできているが、満足をしていないので、期限ぎりぎりまで、金型の修正とトライは続ける。原料も二種類、輸入されてきているので、もし、直ぐに量産ということになっても心配はいらない。製品表面保護のためのマスキングテープについては、サンプルの依頼をしてあるので、来月連休明けに手に入る予定だ。
虐待 いじめ 奇妙

posted by 元気な振りの爺さん at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月25日

(^_-)-☆暑い夜

 1590 GENG MOTOR暴走族のことである。毎日のように、彼らが暴れまくっている、インドネシアの各都市で、夜中に暴走をする。鎌のような、鉈のような武器を振りまわしながらである。深夜から明け方にかけての行動なので、実際に会ったことはないが、会ってみたくもない。真夜中過ぎに帰宅される方は情報を掴んでおいたほうがいいでしょう。
毎回、喧嘩や事故で何人かが大怪我をしているし、時には、死者も出ている。暴走族同士の抗争も激しさを増している。その中には女の子も相当%混じっている。分けの分からない不満のはけ口だろうが、より、野蛮な感じがするが、一時期の日本の姿がここに移動しているような気がする。

 PKS (Partai Keadilan Sejahtera)イスラム中道派、穏健派として一定の評価をされていた政党の幹部連中が輸入牛肉に絡んで賄賂を受け取っていたという汚職事件、去年の末から続いている話だ。汚職の質や内容についてはKPKが追及しているところで、一部については裁判も開かれている。汚職は、珍しくないというより、インドネシアの風土です。日常の催しです。珍しくも何とも無いし、KPKの職員の数が増えれば、もっともっと、摘発される人は増えるでしょう。手が回らないというのが現状でしょう。
ということで、今回の汚職がらみで、ahmad fathanahアフマッド・ファタナ容疑者が資金管理人の役割として捕まっている。この男がすごい、政党の活動資金に使う予定で集めた資金を女性のために配達をしていた。48人の女性のリストが明らかにされたが、一千万円以上渡した人が6人、お金のほかに車や家をもらっている人もいた。何が魂胆でお金を渡していたのでしょうか、そんなに元気がある人のように見えない。
ここで、インドネシア語の勉強です。このことは今年の1月のことです。
ternyata petugas KPK menangkap ahmad fathanah kurir suap impor daging sapi bersama mahasiswi cantik maharani dgn kronologi, Ahmad ditangkap KPK bersama Maharani Suciyono di kamar 1740 Hotel Le Meridien, Jakarta. dalam keadaan tanpa pakaian,
KPKの責任者が明らかにしたことに依ると、牛肉輸入に関する袖の下の配分役のアハマド ファタニを綺麗な女子大生のマハラニと共に捕まえた。ジャカルタのレ メリディアン ホテルの1740号室で、KPKにマハラナ スチヨノ(女子大生に名前)と共に捕まったアマドは、服を着ていない状態だった。インドネシアは夜も暑いから。kronologiの意味がわからない。直訳だと変。重要なことではないようだ。
a maharani-suciyono-.jpgahmad-fathonah.jpg
 写真は小さいが、その二人。
盛ん 頑張る 元気
posted by 元気な振りの爺さん at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月23日

(^_-)-☆取り締まり

 1558 今年も恒例の洪水がカラワンのCitarung川の流域で始まった。今年は遅いような気がする。例の大溜池ジャティルフールからの放水である。カリマランとチタルン両川に流すのです。
Raziaラジアって、何か知っていますか。私は先週末にひょんなことから、知ることになりました。外出すれば、必ずと言って目にする状態です。
一応、その権利を持っている機関や当局による、手入れ、家宅捜索、検問、急襲、奇襲、襲撃のことです。一般的には道端でのバイクや車の違反の取り締まり検問のことを言います。交差点で交通整理をしながら、疑わしい乗り物を止めてチェックをする。ヘルメットの未着用、SIMなし、STNKなしや期限切れ、シートベルト未着用が主なペナルティになります。もし、車の運転をしていてRaziaに遭遇したら。もし、必要書類が揃っていなかったら、1 遠くに茶色の制服を着ている人が大勢いて中に黄緑色のジャケットを着た人を見た時、それはRaziaです。2 トラック、ピックアップやヘルメットを付けていないバイクの近くに寄れば、それらが止められるので、見落とされやすい。運にもよる。3 検問の人間見たり、目を合わせたりしないで、知らないふりをして通る。4 止まる時には直ぐ止まらないで何人かの後に止まる、そして、車を止めながら、もう、先ほどチェックされたばかりだと、書類はダッシュウボックスなどから、直ぐ出して見せていうと、行けと言われるかもしれない。
チェックをされる時には 1 不安な態度をしない 2 警官がしゃべる前になにもしない 3 微笑んでいること 4 逃げようとしない、逃げると撃たれるかもしれない 5 警察の上の人を知っているとか、子供の学校の校長などと親しいなどの振りをする 6 報道関係者や公務員のカードを見せれば見逃される
と、いうような話をインドネシア人のブログで見たことがあります。インドネシアらしい世相を反映した話だと思う。

ということらしい、こんな機転が利くような人なら、何もかも揃っていて、検問でも一斉取り締まりでも、問題はないと思うが、日本人の多くの皆さんには関係ないことでしょう。近所に交番があって、毎日一日中、警官が立っていて、不審なバイクだけをチェックしている、有名な場所で、無免許の人はその手前で細い道に入って、そこを通らない。偶に、知らないで通って捕まる人もいる。

Raziaはもっと広い意味で使われる。売春や麻薬の一斉手入れで、店やホテルを急襲することも、ラジアだ。ジャカルタの北の方のディスコ(売春と麻薬で有名)で捕まった日本人も知っているだけでも数人はいる。ジャカルタの南の方のホテルでも同じことだ。当局だけでなく、イスラム急進派の組織が関わることもある。ラマダンの時期は、神聖な時期だということもあるが、小遣い稼ぎで、ラジアは盛んになる。バンダ アチェでは、先日道行く女性の服装検問があった。肌の出しすぎやジルバブ(ほっかぶり)なしの取り締まりだそうな。

こういうことは、出向者には会社でしっかり、教育をしておかなければならないことでしょう。事件は起きますよ。タガが外れる人は必ずいます。
IMG_0356-.JPG
果物のマンガの刺し木の準備、枝に土を巻きつけて置くと、根が出てくるので、切って植えればいいだけらしい。雨季の終わり近くから小さい実が現れる。乾季の終わり近くがマンガの収穫時期です。
IMG_0356.JPG
ジャバベカ1のある会社のシフト1の退勤風景、迎えのバイクが出口付近を塞ぐ、オジャックではなくて、仕事が無い夫が妻を迎えに来ているのだ。多くの会社で見られる風景です。
手入れ 取り締まり 検問

posted by 元気な振りの爺さん at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月28日

(^_-)-☆カキリマ村 

1504 日本のコンビニの進出が盛んで、日本にある大手のコンビニは全て進出している。インドネシアのコンビニはインドマレットと   だが、いずれも店舗面積が100平方メートル以下で小規模だ。日系企業のコンビニは、その倍以上ある。もうひとつの特徴は、店の外にオープンテラスがあることで、若者が店で買った物をそこで、くつろぎながら、飲んだり食べたりしている姿が、今時という感じでしょうか、日本には無い姿だが、いい考えだと思う。マックやKFC、ピザハットなどは当然、日本と同じようにオープンテラスはあるのが普通。

これらとは、対照的に、インドネシア伝統の外食産業がある。その特徴的な場所、帰る途中にある屋台村の様な、カキリマが集合している場所に寄る。日本人など、外国人は、こんな場所にはいない。言葉など、インドネシアに馴染んでいる人でないと、なかなか、立ち寄れるところではない。ここからは家までそう遠くないので、ここで食べないで、家に持って行って食べる。レストランで、残したものをブンクスするのとは違う。最初からブンクスしてもらうのです。一般のワルンやレストランでも家の人の為に自分が食べるものと別に注文して、持って帰るシステムは日本もインドネシアも同じです。日本の場合は、何でもできるというわけではないでしょうが。

 朝、お粥ブブールbuburを近所のカキリマで買っている姿を良く見る、家では朝食の用意をしないで、外で買って、家で食べるというのが、一つの習慣になっている。日本では、こういう習慣は全くないでしょう。

 まともな、台所がない家が多いし、下宿に住んでいる若者も多い、家で朝食を作る習慣は無いのではないかと思うくらい、皆さん、朝早くから、外で買う人もおおいし、会社の塀の外に来ているカキリマで仕事の前に食べる人も多い。一昔前には、朝食を食べない人の方が多かった。だから、会社へ着いてバスから降りた途端にピグサン(気を失う)してしまう従業員が珍しくなかった。今は、それほど多くないし、栄養失調と思われる従業員も見当たらなくなった。
IMG_1756.JPGIMG_1775.JPGIMG_1776.JPG
 開発中のLED直管蛍光灯タイプのPCカバー、透明や乳白色、発光顔料などを試している。 
 食事 調理 外食

posted by 元気な振りの爺さん at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月15日

(^_-)-☆世界レベル

 1491 また、今年もやってきた。Hari Kasjh Sayangこの場合、サヤンは“愛しい気持ち、愛しい人”という意味、カシーは、与えるとか、贈るとか、捧げる、という意味です。自分の子供をサヤンと呼ぶ親も多い。
セント バレンタインズ デー、インドネシアイスラムもキリスト教の分派だから、この日を若者は楽しみにしている。テレビでは特集が組まれている。毎年、春節に紛れ込んだ感じのショッピングモールのセールスだが、イスラムの人にとって、春節は関係なし、バレンタインデーの方が重要である。
毎年、バレンタインデーにはこのことを書いているが、年々、盛んになる。ピンクや赤系統の花やハート形をしたお菓子を送ったり、一緒に食べたりする、バソBaksoもハート形が登場する。女性から男性へというのは無くて、誰から誰へでも贈りたい人に贈ったり、一緒に楽しんだりする日として、何も決まりはないので、贈る範囲がだんだん増えているようだ。知らないが、中近東のイスラム国家ではこんなことは無いでしょうね。

イスラム教は、キリスト教から分かれた枝ですよ。本当ですよ。だから、アダムとイブが人間の始まりだよ、お祈りの最後にアーメンと言います。

話は飛ぶ、夜明け前、3時ごろから、マンUとマドリッドの試合をRCTIで見た。香川選手の活躍を楽しみにしていた。残念ながら、活躍どころか、試合に参加していなかった。参加できなかった。明らかに、戸惑っていた。度肝を抜かれていた。気後れしていた。日本、期待の星には違いないが、世界最高峰レベルの試合には、能力が届いていないようだった。レベルの違いを感じたと思う。うまいだけではなく、積極的に競り合いをしかけて、負けない、圧力が必要に思う。と、素人は思う。

試合は、マドリッドがボールを支配している時間が長かったし、攻め込んでいる時間が長かった。マンUが先制したとはいえ、よく、一点だけに抑えたと思う。判定は無いが、判定で勝敗を決めなければならないなら、明らかにレアル マドリッドに旗が揚がっているでしょう。マンUは良く、ドローに持ち込んだと思う。

それにしても、ロナウドという選手、素人の私でも、すごい能力を持っていると感じる。力強さ、体力、技術とも、超一流とは彼の様な人を言うのでしょうね。メッシが柔ナラロナウドは豪でしょうか。
IMG_1693.JPGIMG_1695.JPG
ホタルテープ。
贈り物 気持ち 大切な人

posted by 元気な振りの爺さん at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月07日

(^_-)-☆円安被害

 1483 昨年、9月ごろには120Rp=1円だったのが、今、102.5Rp=1円 あまりにも円が下落しているので、大ショックである。年金ビザで海外に暮らすお年寄りにとっては厳しい状況になってしまいましたね。20%近く現地通貨の手取りが少なくなってしまったのですから。
今さらと思っているインドネシアへの進出企業にとっても、円建てでの支払い契約をしている会社は皆無だと思う、US$でもRPでも、手に入れられる物は20%くらい少なくなる。今進出してもいいことはなないもないよ、と、警告しているうえに、買うものは高くついてしまう。気の毒で仕方がない、泣きっ面に蜂でしょう。
金が高くなって、喜んでいると、報道があるが、報道もバカじゃないのと思う。喜んでいるのは金売買ライセンスを持っている会社だけだし、株が上がって喜んでいるのは証券会社だけでしょ。一般市民は損得合計すればマイナスである。
アベノミクスだか何だか知らないが、経済再生の夢から、そう遠くない間に覚めてしまうでしょう。
IMG_0464.JPG
私が押出し成型を初めて二三カ月もしないうちに、冷却の金型はテカテカになった状態では、うまく製品ができない、ということが分かった。金型の金属と少し冷却が始まったプラスチックが擦れる部分です。40年以上前のことです。
今でも、多くの会社は、樹脂が金型内部を通過する部分をテカテカに磨きあげることを標準にしている会社が多いと思うが、大きな間違い。理論的にも、艶消しにした方が綺麗に艶がある表面の製品を作りやすいのです。
だから、サンドブラストを使って、表面を少しザラザラにするのです。しかし、今まで、自分の会社内にサンドブラストを所有していることはなかった。いつも、持っている会社へ行って、借りて使っていた。だから、思ったときに直ぐ使うことができなかった。ずっと、あればいいなと思っていた、そこで、昨日、買ってきた。1万5千円である。安い、こんなので、いいのだろうか、考えてみれば、ただ、空気で砂を吹き付けるだけだから、そんなに、大げさな装置はいらない。こんなに安い物なら、とっくに買えばよかったと思う。
  今日、ある製品を作る金型が完成し受け取った、実際に使えるのは原料が手に入る一か月後になるが、それまで他の似たような原料でトライを始める。

ブカシの北部の洪水も酷いようで、従業員の住処が被害にあっている会社も多いでしょう、一般的には、会社の規定で見舞金を被害に応じて渡すようです。場所によっては既に二週間以上、住めない土地があるという。
IMG_0475.JPG
 先ほど運転中の大雨、前が見えない。
IMG_0475-.JPG
 春節用のデコレーション、まだ、控え目な方で、一般的にはもっと、もっと派手である。
 円安 被害 泣きっ面

posted by 元気な振りの爺さん at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月20日

(^_-)-☆ちやほや

 1466 カラッと晴れ上がったというわけにはいかないが一週間ぶりくらいの晴れ間が時々現れた。今日のジャカルタ、チカンペック高速道路沿いのゴルフコンペの幹事はホッとしたことでしょう。
ジャカルタの洪水は引く気配が感じられない、どこかの水が引き始めても、どこかの水位がまた上がり始める。著名人やコマーシャルを流すような会社の社長さんなどが、洪水地帯に、差し入れを持って見舞いに行っている。チカラン辺りでは、大学生が街頭で義捐金を集めていた。
IMG_1632.JPG
TRANS TV“会いたかった、会いたかった、会いたかった、いぇー、ドゥンガン ム”と、ムンチャリ バカットという番組でゲスト出演していた。JKT48。

 一年以上前から気になっていて、書きたいことがあった。スポーツ関係で、本人にも関係者、身の回りにいる人たちのためにならないというより、面白くないと思う人が多い、と思う報道を止めた方がいい。二人いる。中畑監督と石川遼選手です。中畑監督については、本人が目立ちすぎて、選手たちが目立たない。そういう監督には選手たちは付いてこないし、監督のために、などとは思わない。監督には向いていないのに、報道陣がちやほやするので彼が調子に乗る。チームの実力は最低なのだから、それは、監督の責任、報道陣は、批判をするべきなのに、逆によいしょみたいな報道をする。間もなく春のキャンプに入る。中畑監督に関する報道が目立つようになる。絶対、チームの為にならない、監督に媚びるような報道は、選手たちに対して罪なことである。
 中畑監督は自分が監督にはむいていないということを承知していなければならない、自分が目立っては、率いる選手の為にならない、選手が面白くないと思っていることを感じなければならない。リーダーの初歩の心得を分かっていない。報道陣も安易な取り上げ方をしては、スポーツ界の為にならないことを認識しなければならない。
 石川選手に関なする報道について、他の選手は快くお思っていない。他に実力のある玄人受けする選手は大勢いる、デビュー当時の報道そのままに、ちやほやしすぎる。ゴルフ界の報道は、今や彼を無視したほうが、石川選手の為にもいいし、他の選手にとってもいいことだ。成績が戻ったら、また、報道したらいいと思う。
彼をサポートする、取り巻き連中も、ゴルフ以外の仕事を慎むようにコントロールしなければならない。今のままでは、彼を短期間でつぶしてしまうことになる。

中畑監督については、スポンサーの意思に反するかもしれないが、彼と選手の為に、引いては。スポンサーの為に、石川選手については、彼の為、選手全員の為、日本のゴルフ界の為に、報道は控えめに、極端にいえば、無視をして報道しないようにした方がいい。ちやほやしては彼らの為にならない。
IMG_1632.JPG
 雨季の真っ盛りはランブータンの季節でもある。そこかしこの道端で売っている。
 報道 マイナス 無視

posted by 元気な振りの爺さん at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月14日

(^_-)-☆生き方

 1429 私は経営者ではなく技術者だと思っている。金の計算もできるし、従業員に楽しく仕事をしてもらえる会社の雰囲気を作ることもできるし、経営も普通の人よりできると思うし、利益が出る会社にすることもできる、が、技術者としてなら、もっとはるかに、かなり、並以上にできると思うし、経営をしていても面白くないと思うが、技術的仕事をしているときには面白いと思う、楽しいと思う。
小学校の低学年のころから、義務教育が終わるまで、ずっと、学級委員長や学級委員をやらされていた。ないかと、仕切ったり、まとめたりする仕事をしなければ習い状態にされていた。「静かにしてください」とほとんど毎日のように言っていたような気がする。休みの日でも、子供会の会長やリーダーをやらされていたので、町内の子供のまとめ役、祭りのときにも林間学校などの行事の時にも、まとめ役、修学旅行や遠足の時に小旗を持たされて、集合場所に一番早く行って、みんな待っていた。点呼を取るなどは当たり前にやっていた。
それらが、自分に向いて入りとは思わなかった、全然楽しくなし、やりがいがあるなどと一度も思ったことがない。いやでいやでしかたがなかったが、やらされていた。それは、卒業して何十年たっても、日本にいなくても、同級会を仕切ることもしなければならない立場だった。他にやってくれる人がいないから、仕方なくやらざるを得なかった。
 だから、こうこりごり、だった。経営もうまくいっていた。従業員を全員、30人以上いたが、毎年、海外旅行に連れて行った。旅費はすべて会社持ち、プラス土産代も支給した。儲かっていた、新聞にも高額納税ということで毎年、紹介されていたし、日本の悪しき習慣、手形を切る、ということは、一切しなかった。成功はしていた、しかし、全然、楽しくなかった。いつの間にか、技術的な仕事から離れてしまったからだ。儲かるので金の心配はいらないが、以前開発した仕事を継続してやるばかりで、その、生産や納期の管理、人材の心配などが主な仕事になってしまっていた。それが、子供のころの私の姿と重なってきて、脱出したくなったのです。
 スパイラルチューブやコイリングチューブ、エッジングやグロメット、エンドレス自在ブッシュをつくりあげたころの自己満足感、快感は、忘れることができなかった、そこで、簡単にいえば、“包丁一本さらしにまいて”ではないが、押出成型技術一本だけひっさげて、日本から飛び出たのです。
 この期間の節目に機能お会いした北川会長が関わっていたのでした。しかし、北川会長とは生き方は違う。そのことを昨日も話をした。

http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page232.html
全然、関係ないが、思いつきで、パンガンダランのヤマアラシの親子の様子です。
IMG_1276.JPGIMG_1278.JPG
スポンジボブがお気に入り、私のラップトップをお気に入りの上の子。
IMG_1277.JPG
静岡のちょっと高いところならどこからでも眺められる富士さんです。
向き 不向き 得意

posted by 元気な振りの爺さん at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする