2009年07月02日
斜めからインドネシアを眺めよう 290
7月に入って、新しい展開になりそうだ。本当に気の毒な人がいるものです。パワハラの対象者からの仕返し(客観的に見て、あり得ない)の恐怖におののき、まったく、あり得ないことを、あるように思いこんでいる。
PT.MAKUTAは大変忙しい状況になっている。お客さんの都合で、急に仕事が増えたからです。近所からアルバイトの女性(主婦)を臨時に使っている。
インドネシア、特に、ジャカルタ周辺の町には、仕事を求めている人が溢れるほどいる。アルバイトを募集すれば、たちどころに集まり、翌日には時間どおりに出勤してくる、歩いて通えることが条件で、通勤費を出す必要はないし、時間給5000Rpくらいで、十分。
民家が周りにある、半分森の中の工場なので、こういうことができる。工業団地内の工場ではこうはいかない。
話は違うが、インドネシアに、日本の会社へ技術者を斡旋する会社がある。職業訓練所を自前で持っていて、希望者(勿論、入るのにテストはある)日本語、5S、ホウレンソウなど日本働くための心得を教え、希望の会社に派遣する。派遣先の会社からの謝礼金が運資金になる。最大の目的は派遣先の会社で日本の高度な技術、そこまで行かなくても何かの技術を覚えてインドネシアに帰った時、その技術や仕事ぶりを、生かせてほしい、ということです。
大変、慈善事業的で、素晴らしいことだと思うが、そのシステムを運営する日本人の不満は、日本企業が迎えた人たちを単なる組立作業など単純作業しか、させないので、お金は稼ぐが技術を全く覚えてこないということでした。日本企業に不満を漏らしていた。
斜めからインドネシアを眺めよう 290
7月に入って、新しい展開になりそうだ。本当に気の毒な人がいるものです。パワハラの対象者からの仕返し(客観的に見て、あり得ない)の恐怖におののき、まったく、あり得ないことを、あるように思いこんでいる。
PT.MAKUTAは大変忙しい状況になっている。お客さんの都合で、急に仕事が増えたからです。近所からアルバイトの女性(主婦)を臨時に使っている。
インドネシア、特に、ジャカルタ周辺の町には、仕事を求めている人が溢れるほどいる。アルバイトを募集すれば、たちどころに集まり、翌日には時間どおりに出勤してくる、歩いて通えることが条件で、通勤費を出す必要はないし、時間給5000Rpくらいで、十分。
民家が周りにある、半分森の中の工場なので、こういうことができる。工業団地内の工場ではこうはいかない。
話は違うが、インドネシアに、日本の会社へ技術者を斡旋する会社がある。職業訓練所を自前で持っていて、希望者(勿論、入るのにテストはある)日本語、5S、ホウレンソウなど日本働くための心得を教え、希望の会社に派遣する。派遣先の会社からの謝礼金が運資金になる。最大の目的は派遣先の会社で日本の高度な技術、そこまで行かなくても何かの技術を覚えてインドネシアに帰った時、その技術や仕事ぶりを、生かせてほしい、ということです。
大変、慈善事業的で、素晴らしいことだと思うが、そのシステムを運営する日本人の不満は、日本企業が迎えた人たちを単なる組立作業など単純作業しか、させないので、お金は稼ぐが技術を全く覚えてこないということでした。日本企業に不満を漏らしていた。
2009年06月25日
斜めからインドネシアを眺めよう 282
朝、05:00に家から出発。ジャカルタのホテルでお客さんをピックアップ。PT.MAKUTAを訪問、マクタの様子には驚かれたと思うが、立派に利益を出しています。そのあとJ社に送った。数年前にこの会社から逃げだした。今回も入らなかったが、今の経営者は私と話ができないでしょうから、遠慮した。マッカーサーではないが、再び戻ることになりそうだ。巡り合わせというか、人生とは面白いものだと思う。
夜、ジャカルタのホテルで打ち合わせ。大変疲れた。今日も先ほど11:00に家に戻ったばかりです。さて、いつ、どうなることでしょう。大変疲れたが、大変、有意義だったと思う。3時間半に及ぶ話だったが、目的と主な話は予想どおりだった。お客さんの頼みは、私として十分理解していたし、おっしゃる通りだと思うし、そのようにしていた。 すべてが早期に済ませることができるように側面から応援するが、本人がやる気でやってもらわなければできないことは、応援をしたくても出来ない。とにかく早くおわることを祈る。
ジャカルタのホテルの喫茶や夕食の値段には、改めてびっくりさせられた。紅茶やコーヒーが税込みで、6万Rp(600円)夕食はバイキングで、飲み物はお茶で、45万Rpでした。先日行ったロサリ コ−ヒー プランテーションとほぼ同じくらい。自分で出しては絶対行かないぞと思った。
未だにジャカルタにあるホテルに泊まったことはないが、外国人は(私以外)あまり高いとは思っていないのでしょうね。一杯だった。
2009年06月18日
斜めからインドネシアを眺めよう 275
マヌハラ事件やお手伝いさんが大やけどを負わされて帰国させられた事件や、やはりお手伝いさんが自殺した事件などでマレーシアがらみで、きな臭くなっている。おまけにスラウェジの北で、マレーシアの戦艦が領海侵犯をしたとか、マレージアに抗議する世論が盛り上がってきています。
労働省から、TKI“Tenaga kerja Indonesia”(インドネシア人労働者)の派遣を中止するという発表があった。マレーシア人は同じ言葉を使い、同じイスラムなのに、インドネシア人とインドネシアを見下しているようです。十何万人という、インドネシア人が運転手やお手伝いさんやベビーシッターなどで働いている。一般家庭に入っているのだが、その部屋は劣悪で人が住めるような所ではない。給料も一か月一万円にも満たない上に、パスポートは取り上げられている。シンデレラ物語として、マレーシアの地方王室の王子様の元へ嫁いだマノハラさんは、携帯電話は与えられたが、通話ができたのは最初の一月だけだったようです。カメラ機能は使えたので、自分に対する暴行の傷を撮影保存していた。抜けた王子様だったようです。おたくっぽい顔をしている。
そして今その王子は早く帰ってくれば許すと云いながら警察に名誉棄損で訴えた。逃げたのは二回目で、以前はその手に乗って、母親とともにメッカへ行って王子と会ったが、王子は母親と切り離し、無理やりマレーシアへ連れ戻し、部屋に監禁し続けたのです。
マレーシアの政府のコメントが出てこない、お手伝いさんの事件についても警察ざたになったことはない。
2009年06月14日
斜めからインドネシアを眺めよう 271
分からず屋のおじさま方(しかし、私より十分若い)にもう一度押出成形について簡単に解説しておきます。押出成形品で、何でも引き受けることが出来る人はインドネシアに一人しかいません。それが私です。
そして、何でもできる応用がきく、私が作った製造ラインは現在インドネシアに10ライン在ります。内、3ラインがPT.MAKUTAに在ります。その他の7ラインは、他の会社にあります。また、7ラインは日本製の一級品です。内の3ラインはインドネシア製ですが、自分達で部品を買ってきて組み立てたものが多い。日本製は1ライン1千万円ですが、インドネシア製は200万円です。そのことを踏まえて、押出成形は装置を持っていればだれでも一級品ができるというわけではありません。人間が作るのです。契約社員の入れ替わり立ち替わりではどうにもなりません。其のうえ、PVC押出は押出成形ではありません。
私のWeb siteをじっくり読んでください。くわしく解説してあります。PVCしか成形していない人が押出の専門家というのは、身の程知らず、です。認識として全く無知の人のセリフです。
押出は人が宝です。しかし、人はいらないと豪語して、経験者を追い出してしまった会社にその7台がある。全くの“猫に小判“ブタに真珠”の例え通り、私が作った装置が、こんな装置は使えない、改造しなければだめだといわれている。その装置で10年以上も、今までインドネシアではできなかった製品を作りクレーム無しで客先に供給してきたのに、其の会社へ来てから、NGは繰り返されるし、供給価格はびっくりするほど値上げしたし、まったくの、駄々っこに装置を渡したようなもので、私の“一生の不覚”でした。素人さんから、この装置ではできないと批判されるし、どうしようもない。私が作った装置が泣いている声が聞こえます。
インドネシア製の、見るからに不完全そうな装置を使いこなして、サンプルを提供し始めた。価格も適正さを保っている。サンプルを見た客先は、あまりの製品の違いに、びっくりする。明らかに寸法は安定しているし、外観も良い。二社購買はとてもできない違いがあることを知る。
人を重視しないで押出成形の専門家という人は押出しの経験がない人で、結局は全てを失います。このことは肝に銘じてください。
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/
2009年05月11日
インドネシアで 楽しく暮らす 15−236
斜めからインドネシアを眺めよう 236
毎日欠かさず飲んでいたパニック障害の薬を止めることに挑戦した。5日の夜飲んで、8日まで続けた。6日から、日に日に頭のもうろうさと、手足体のしびれ感と時々の目眩が次第に増えてきた。それでも、それの向こうに、すきっきりがやってくることを期待して、我慢した。しかし、ひどくなるばかりで、9日のPT.MAKUTAでの、スタッフとの話し合いの時には、息苦しくなり、声がでにくくなってしまった。パニック障害になった当時の典型的な症状が次々と出るようになってしまった。夕方、家に戻ってきたときにはマリアさんとご主人が外出してしまっていて、一人でいた。体全体がしびれて寒けがして、震えが来て、過呼吸障害の初期症状になってしまった。このまま一人でいて、完全に過呼吸になってしまったらたら、どうなってしまうか分からないという恐怖感出てきて、薬を飲むことにした。結局、まだ、辞めてはだめだということが分かってしまった。
飲んで、30分ほど、うとうとしていた、というより、動けなくて寝ころんでいたら、次第に寒気やしびれが消えて、過呼吸の症状が消え、正常に戻って安堵した。恐怖も消えてしまった。
投稿の原稿どころではなかったが、書けるようになってよかった。
今日は予約通り朝7時前からゴルフが出来たし、スカルノハッタまでのお客さんの出迎えも出来た。その後、スナヤンにあるホテルでの作戦会議も予定通り出来た。今、ジャカルタから戻ったばかりである。