2015年05月15日

(^_-)-☆友、来たる

 2310 今夜は近所から讃美歌が聞こえる。テレビでは、各地の渋滞の様子を流していた。
何カ月ぶりでしょうか、一年ほど前まで、インドネシアで仕事をしていて、よく、ゴルフをやっていた。会社を退職し、日本に帰ってしまった。日本では、完全にリタイヤ状態らしくて、毎日、諏訪湖の周りを20Km,約5時間歩いているという、本当らしい。その人が一昨日、インドネシアへやってきた。来月の初めまで、インドネアシア内で、ゆっくり?するという。4か月ぶりのゴルフだというが、カートにほとんど乗らないで歩いていた。私は、今日から四日間、ご一緒する。

 ところがである。いい加減な人というか、おおらかというか、私たちのゴルフの予約をするのだが、多くの場合は、ウェーティングになってしまっていて、出来ないということはないが、前々日か前日にならないとスタート時間が知らされない。今日のゴルフも、昨日の夕方4時ごろ、スタート時間が知らされた。いつも世話をしてくれている方が日本へ帰ってしまっているので、私が世話役になっていて、この方を含めて参加者にメールで知らせて、電話もかけて確認した。しかし、インドネシアには12日に到着しているはずのその人にメールは、エラーの知らせがないので、届いているはず、そして、電話をしたが、どうも、電話番号が変わってしまっているか、オフになっていて、呼び出し音がならない。
 泊っているホテルもブカシティムールだとしか分からない。インドネシアにいるのかいないのか、スタート時間が届いたのかどうかも確認できない。その人がいなくても3人でプレーできるので、問題はないのだが、その人が、今どんな状態なのか心配だった。

 インドネシアへ着いたなら、着いていると連絡がありそうなものを、音沙汰なし、ゴルフをするつもりで、時間が分かっていないのなら、問い合わせがあっていいものを、などと、一緒にゴルフ場に向かった人と話をしていた。あの人のことだから、時間など分かっていなくても、早い時間にゴルフ場に来ていて、僕らが来るのを、ビールを飲みながら待っているよ。時間が分かっていても、返信をしないのも、あの人なら、ありだよ。とも、話していた。レセプションで確認したら、来ているよ。でした。やっぱり。着変えをして、レストランへ行ったら、いた。「HPは持っていないよ。予定通りに来ているから、いちいち連絡しないよ」ト、言ったきり、その話は終わりだった。朝、5時半ごろの話でした。ったくもう。

 心配した日本に帰っている、世話役から、何度もSMSが入ってきた。
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ゴルフが終わってから、昼食に行ったシンガラジャの一角です。日本人のみなさん、連休の初日で、ちょっと、遠くに出掛けている人が多いのでしょう。この通りはいつになく、閑散としていた。入ったレストランにも、客は私たちを含めて10人もいなかった。後三日である。
 連絡 友 仲間
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2014年04月16日

(^_-)-☆来客それぞれ

 1916 韓国系、日本系の会社が相次いで来社、両社とも、それぞれ本国から輸入している製品をインドネシア国内で調達したいという、お決まりのパターンだ。また、私が立ち上げ指導した会社には既に、だいぶ前に、見積もり依頼をしてあったが、返事がない。もう一社は、断りたい気持ちがありありの高い値段の見積もりを出してきたそうです。これらも、お決まりのパターンだ。
韓国系の方は、深刻らしい、本国からの製品の入荷の見通しが立たなくなっているとか、品質が安定しないために出荷数量を準備出来ないそうだ。いつ入荷するのか、わからない状態になってしまって困りはてている。私が指導したガスケットからスタートした会社に泣きこんだが、無視されたそうだ。実は無視されたのではない、その会社の人が、自分の会社ではどうにもならないからといって、私をその会社に紹介したのです。
また、一緒に、韓国系の原料商社もやってきた。インドネシアでは調達できないプラスチックの原料を主に韓国からの輸入販売する会社だ。“安い、少量でも安い“というのが、仮見積もりの話を聞いてびっくり、PCは日本からの半値だ。それも、1トン以下でもOKだとか。この点では非常に魅力があると感じると同時に、なぜ?こんな価格で出来るの?日本のメーカーとどこが違うの?と思う。
その安い原料を使った場合の見積もりを出してほしいという。急ぎなら、在庫を持っている高い原料を使わなければ、間に合わないでしょ、だから、希望価格というより私の方の都合を見積もりを出させていただく、そして、安い原料を使えるようになった時には、改めて見積もりをだすことにしましょう、と、いう話になった。

日系の方も、すでにサンプルは二回提出してあって、日本の評価もOKが出ていて、もう、日本への注文は打ち切ったので、その在庫がなくなるころ、7月からは、私のところで作った製品を使うことになるという。その予定を元に、今から、必要な工程に入るという。QCの担当者がついてきて、いろいろな書類の準備と提出を求めてきた。面倒だが、車の関係部品なので、客先は納入先から求められていることなので、仕方がないので、出来るだけ早く、提出することを約束した。形式主義の伝染病の蔓延みたいなもの。物を作る私にとって、書類つくりというのは、無駄なことだと思う。管理をされることは、大嫌いなので、管理することは、好きになれない。
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見かけるようになった、道路の修復工事、
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雨季も終わりのころは、木に花が咲き始める。
付き合い 厄介 余計な
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2014年01月01日

(^_-)-☆打ち納め

 1811 大晦日にふさわしい?話。平均年齢、多分、73歳。4×74で296歳、31日で、どうですか、こんな高齢者メンバーでゴルフをしたことが有りますか、キャディ抜きのセルフで、ですよ。先ず、スコアーが出たら目というか、多くするならいいが、一打二打少なくいう。77歳の会長の宣言で、グリーンに乗ったら、自動竿ということになっていた。4オン2パットの6の時に、その前に、竿だなと言いながらパットし、外し、2パットで終わっているのに、本人は、「4オン1パットの5、ポイントはなし」だと言っている。全く、つじつまの合わない事を何気なく言っている。私が「2パットだから、ポイントがないでしょ」と指摘すると、考え込んでしまって、数え直す風をするが、どうも納得いかないまま、6だねという。私が、間違っているかのようで、妙な気持になる。そういうことは、その人一人だけでは無いから、困る。

セルフなので、何本かのクラブを持って歩く、そして、使ったクラブ以外のクラブをコース途中に置き忘れたままにする。グリーン上に着いた時には、パターやPやSなども一緒に持っている。パットが終わって次のホールへ向かう時に、パター以外のクラブをグリーンエッジに置き忘れてしまう。次のホールのPやSを使う時になって、それに気が付く。それも、お互いに注意しようと言ってあるが、繰り返す。

「前のグループのプレーが遅い、」「打ち終わって歩きだすのが遅い」「カートから降りて他の人が打つのを待っている、突っ立てないで、自分のボールの所に早く行けよ」などと文句を言う。私から見れば、自分のことだろう、と言いたい。本当に遅い、私は前のプレーが遅くて待つのではなく、とにかく、仲間のプレーを待つ時間が長い。寒い中、震えながら、鼻水をながしながら、日向を求めながら、待つ。

コースの途中のフェアウェーに、不思議なことに、私たちのボール以外に落ちていることが多い、一個でなく二個の時もある。隣のコースから、打ちこまれたものなら、捜しに来るはずなのにその気配なし、近くにドライビングレンジが有るわけでもない、どこからか飛んできたとは思いにくい、不思議だ。考えられることは、通過したグループの人が落としていった。OBと判断し、暫定球を打って、OBではなかった人が、そのボールを拾うのを忘れた。隣のコールから打ちこんだ人が、面倒で捜しに来ないで、適当にロストと決め込んでプレーを続けている。などしか考えられない。私がボールを4個拾った。
ティーグランドにティーが置きっぱなしになっているなどは、当たり前。私はティーを6本拾った。

自分のボールがどこへ飛んで行ったのか見ていない。カートを止める位置が、ボールの位置より相当前に行ってしまっているのに、全く気なしない、私は、カートに乗らないで歩くことにしているが、私の方が遥かに早く進む、皆さんのボールの位置を私が確認して、カートの人に知らせるが、耳が遠いのか、風向きの関係か、私の叫び声が伝わりにくい、上に、目も白内障がどうのこうのと言っていて、病院はどこが言いなどという話をしているので、こりゃだめだと、思うしかない。

留めは、この人達、私も含めて、「もう、認知症になりかけている人がゴルフを大勢やっているんだよな」「本人は、そのことに気が付いていないから、アルツハイマーだよな」「自分が、遅いという自覚ないから、しょうがないよな」と、言っている。

皆さんのスコアーやポイントを付ける時も、何度も聞き直す、私は毎回多声でそれらを言って聞かせているが、必ず、どなたかが、皆さんに聞き直している。それも、一回ではだめなようで、聞き直す。オリンピックの計算も、私が纏めて計算をしてやろうとするが、効かない。一人ひとりが誰にいくつ負けた勝ったとやるので、紛らわしいし、お釣りも複雑になる、皆さんが、何度もお互いにポイントを聞き直す。回っている途中でしつこく聞いて付けていたポイントは一体何だったのかと思う。どうせ聞くのなら、人のポイントを書かないで、自分のポイントだけしっかり点けておけばいいじゃない、と、思う。

打ち初めを1月3日に同じメンバーで回る事になっている。その日はキャディーが付くと確認したので、ストレスは少ないでしょう。

どうですか、年寄りのゴルフは、若い人には想像がつかないでしょう。大晦日にふさわしい話だったでしょ。

年越しそばをすすりながら、妻や孫たちと紅白を見ているうちに、孫たちは私の側で眠ってしまった。私としては、仕事では今一だったが、総じて平和な年だったともう。
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昼食にこんな仕出し弁当が付いて、今日のプレー費1万4千円でした。
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静岡富士山空港へ離陸、着陸の飛行機が頻繁に通過する。
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二人揃って、フェアーウェーバンカーで、手こずっている。
ボケ 認知症 アルツハイマー
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2013年04月26日

(^_-)-☆どちらが好き

 1561 インドネシア人はどうですか、好きですか、と、聞かれることも多い。私が気に入らないことは、お祈りの時間がもったいないと思うことだけです。インドネシア人というよりイスラム教に馴染めないところです。信じているものとっては貴重なことだし、時間でしょうが、信心が無い私にとっては、わずらわしいし、その時間、もっとほかのことをした方がいいと思う。もっとも、お祈りしないプラプラ(なんちゃって)イスラムもかなりの比率でいることも確かで、そういう人の方が、好きになる。
静岡にも私が保証人になっている若者も含めて、大勢のインドネシア人若者がいる、ほとんど全員がプラプラ組になっている。会って、食事をする機会も多い、皆さん、好青年、勤勉、真面目、面白いこともかなり言う。好きにならないはずがない。
インドネシアで接するインドネシア人の大部分は従業員、私の教え子、勿論、私が採用するのですから、私の仕事に向いていそうな人を選んでいる、外れはほとんどない。その中の何人かは、その会社の押出し部門のリーダーをしている。そして、私のことを気遣っていてくれているのが分かる。時々電話が掛かってくるし、訪ねてきてくれる人もいる。うれしい。

それでも、文句を言いたいことも一杯ある。その対象は、私が接する人達ではなくて、知らない人たちである。そういう社会になってしまっているのだから、日本のように清潔にしなさいとか、規則を守りなさいと言ったって、所詮、出来ない話、宗教と同じように物心がついたころの習慣というか、いい加減さというか、貧しいから仕方がなかったのか、とにかく、公共道徳に欠ける。家庭でも学校でも宗教の教育はするが、公共道徳の授業はない。

それだから、彼ら、彼女らに、あまり気を使う必要が無いだけ、気楽に付き合える。日本人とインドネシア人とどちらが好きか、どちらと感覚が合うかということになれば、インドネシア人の方が、フィーリングが合うし、付き合いやすい。

バリ島のjalan tol Nusa Dua - Ngurah Rai - Tanjung Benoa,が5月末前に使用可能になる。既に仕上げの段階に入っている。空港へのアクセスが短縮される。
http://otaenplaext.net/newpage42.html
http://otaenplaext.net/newpage43.html
IMG_0393-.JPGIMG_0394.JPG写真、何だかわかりますか。高速道路のゲートの脇のオフィスにバイクが入っていったり出てきたりしています。オフィスの裏を通っているのです。通行料は2000Rpだそうです。高速道路に入る手前まで道の橋を通って、手まえのカリマラン側を渡ってしまう近道を使えるのです。高速道路の職員のサイドビジネスです。通行料は、自分たちの懐に入ります。インドネシアらしいビジネスです。
比較 気楽 気使い
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2013年04月25日

(^_-)-☆住みやすい

 1560 インドネシアの住み心地はどうですかとか、インドネシアが気に入っているんですね。などと、聞かれたり、言われたりすることが多い。答えることは、日本の静岡と比べての返事をするのだが、好きですよ、とにかく、気温の変化が少ない。静岡は日本の中で一番気温の変化が少ない、場所だと思っているが、それでも、冬の寒さと、夏の暑さに順応できなくなっていると思うので、どちらもつらい。冬の乾燥も花粉の季節もつらい。
その点、気温に関しては、インドネシアでは、冷房の効きすぎだけが苦痛だが、自然の環境では概ね25〜32℃なので、軽装で一年中を通せる。もし暑ければ、扇風機を使うくらいである。
日本の四季の風景やウインタースポーツは十分楽しんだので、今になって、それらを見たり、したりしたいとは思わなくなっているので、寂しさはない。

 危険を感じることもほとんどない。それは、車に関して、思いがけない交通事故の経験はあるし、突然のパンクも多い、道は凸凹だし、落下物も多い、渋滞も当たり前。無ければいいがと思うが、それで、危ないから、苦痛だから、運転をしたくないとは思わない。むしろ、日本の車の運転の方が気を使う。車線や信号など規則どおりに走らなければならないと思うし、速度についてもいちいちメーターを気にしなければならない。ガソリンは高いし、道路の料金も高すぎる。

 物価もインフレには違いないが、安い。旅やゴルフをしなければ、5万円あれば十分な生活が出来る。だから、仕事をしなくても、年金だけで十分暮らせるし、趣味があればそれもできる。

 何より、インドネシ人との付き合いが楽しい。男女の区別なく、若者から年寄りまで、あらゆる世代の人たちと損得なしで、接することが出来る。勿論、どんな場合でも、言葉で困ることはない。インドネシア人に裏切られたと思ったことはなかったし、皆、いいやつばかりである。自腹を切ったり、何かをしてやったりすることは、私の趣味の一つで、自己満足する方法でもあるから、これという人たちへの援助は、当たり前のようにやっていて、見返りを求めようとは思わない。日本人の横暴さに参ったことはあるが、インドネシア人の横暴にあったことが無い。そして、多分、日本の若者に何らかの援助をしてやろうと思うようにはならないと思うし、そういう機会はないと思う。

 一般に言う贅沢は嫌いな性格だし、資金的にある程度恵まれているうえに、一般的なインドネシア人の生活状態で満足なので、何の不自由を感じることはない。恵まれていると思う。だから、インドネシアを嫌いになりようがない。ストレスが少なく自由である。
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 大変まれな、このガラ隙の道、どこかで大事故があって、ここまで車が到達していないのかと勘繰るくらいだ。
 満足 住みやすい 順応しやすい

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2013年04月15日

(^_-)-☆何の疲れ

 1550 疲れて寝てしまって、目が覚めたのが5時を回っていた。なぜ疲れたかというと、ゴルフの後。ひと眠りしたあと、友人と約束しておいた予定通り、私としては何年振りかにブロックMで食事をしてそののちカラオケへ、カラオケから出たのが22;30、家に着いたのが23;30過ぎ、他の人はほとんど歌を歌わなかったが、私は、女性と話は何もしないで、何曲歌ったのだろう、歌い続けた。そして、疲れ切った。やはり、何年か前とは、体力が違うなと思う。その後、爆睡である。よく眠った。
パパヤへは二つ月に一回ほどの割合で言っているが、明るい内だし、奥まで入ることはないし、ネオンの明るさが見えないので、どう変わっているのか、知ることが出来ないでいた。別に知らなくてもいいのだが。

食事はある中華料理屋、その場所は昔、日本食レストランだったがコンビニに一時替っていた、そのコンビニが閉じられて、日本人が所有する中華料理屋に替っていたのでした。日本食レストランで10年以上前に在って、今も続いている店は三軒か、四軒でしょうか、全部でざっと十数軒なる。日本人向けカラオケは昔のまま続いているのは、20軒以上あるだろう中の3軒くらいだけのようだ。様相は大幅に変化していた。光の様子も替っていた。

中華料理屋で話が出たが、アルコール類の持ち込みは、どこの料理も無料になっているとか、食事の価格も、競争が激しいのでしょうか、チカラン辺りの日本食レストランと違わなかった。7時過ぎに出た時には満席だった。

日曜日だから空いているのでしょうか、カラオケの料金を連れの一人でブロックM慣れしている人が、事前に交渉してくれた結果の料金が、何人かでも、私は30万Rp,その他のアルコールを飲む人達は50万Rpでした。これは安い、実際、そのカラオケは、私たちがいの客はいただろうかと思うくらい、他の部屋に人がいる気配はなかった。

 雨だったし、夜の様子を見たのは、10分程度なので、断言はできないが、賑わいは、減っているようだったし、すたれてきているなという印象、他にも似たような場所が各地にできているからでしょうか。
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 行きの高速道路、ジャカルタ方面に暗雲が立ち込められていて、雨が降っているなというのが分かる。ポンドックグデティムール辺りから大粒の雨になった。しかし、夕日は眩しいので、運転をしにくくなった。
 変貌 疲労 最後

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2013年03月24日

(^_-)-☆まいった

 1528 何に参ったかって、スギ花粉症です。わざわざ花粉が飛び散る世界にやってきてしまった。
記憶では、花粉症という名前がない小学校の低学年の頃から、酷い花粉症だった。毎年、春先に風邪をひいていた。親からも何故毎年風邪を引くんだ、冬の寒さに弱いんだ、と、よく言われていた。
 
それからずっと、大人になってからも、クシャミと鼻水で、鼻の下がピリピリ痛むほど鼻をかんでいたし、目はくしゃくしゃし手いた。いつの間にやら、この時期のそういう症状が、友達になっていた。年中行事の一つとして、当たり前になっていた。辛さは、人が見た目ほど感じなくなっていた。
 
 それが、1996年インドネシアで住むようになってから。ばたっと、その症状に縁が無くなってしまった。春先に日本へ帰ることは、出来るだけしなかったし、帰ったとしても、一週間程度で、それも、花粉が多そうな場所にわざわざ行くことは無かった。ということで、十数年関、花粉症の症状とは無縁だった。私としては、もう、花粉症ではなくなったと思うようになっていた。
IMG_0875.JPG それが、見事に、酷い花粉症の症状に一遍になってしまった。桜やモクレンなどの写真を取りながら、ゴルフ三昧、途中から、鼻がむずむずし始め、くしゃみ連発になってきた。鼻水が滴りだした。ティッシュペーパーで鼻水を拭き始めた。鼻の下がピリピリしだした。目がちかちかし始めた、唇もピリピリし始めた。鼻を中心に肩手のひらで顔を覆った部分がクシャクシャになってしまった。そのうちに頭もボーっとしてきた。鼻が詰まっているので、息苦しさもある。十何年ぶりかの懐かしの症状のフルコースが二時間ぐらいの内に揃ってしまった。最後にゴルフはどうでもよくなってしまった。
 
インドネシアへ戻ればたちどころに治ってしまうことは分かっているが、これから一週間ほど、耐えなければならない、それに、もう一度、今日と同じ場所でゴルフをしなければならないことになっている。
 
 心当たりはある。花粉症に牛乳は良くないと、花粉症という名前を知り始めたころ、言われていて、牛乳を何十年もほとんど飲んでいなかったが、9か月ほど前に、骨の密度が少なくなっていることを指摘され、牛乳や納豆などを進められて以来、毎日、お茶代わりに牛乳を飲んでいた。もしかしたら、それが、花粉症の症状を酷くしたのかもしれない。正しいかどうかは分からない。ま、しばらくの試練に過ぎない。
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桜は満開の場所が多かった。
 花粉症 アレルギー 鼻の下

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2013年02月12日

(^_-)-☆久しぶりに

 1488 ゴルフをした後、皆さんと一緒に食事をするのが習慣です。日本と違って、スルーでプレーするので、朝、7時前後から始めれば、早い時で11時頃遅くても12時過ぎにはプレーは終わる。以前はゴルフ場のレストランで食事をすることが多かったが、今は、リップチカランで食事をするのが習慣になっている。理由は簡単、高い!!!ビジターやゲストのプレー費がこのあたりのゴルフ場では一番高いのは知られているが、レストランも高い。
偶に出張などで来る人に取っては、気にならないかもしれないが、こちらで正確している人間にとってはキツイ。リッポチカランの日本食レストランなら、定食は5〜6.5万Rpで食べられるし、ビールも三分の一の値段で済む。最近は私たちと同じような行動を取る人が多く、ジャバベカのゴルフ場で見かけたグループを同じレストランで見かけることは珍しくない。
昼食時の開店が11時から14時くらいの店が多く、その時間に集中するし、ちょっとゴルフが遅く終わって、13時を過ぎて仕舞う時には、ちょっと遅くまでそれなりの営業をしているレストランに行くことになる。いずれにしても、数軒のレストランの中から選ぶ、中には、会員になれば、連れを含めて全員が10%割引になる店もあるので、空いているようなら、その店に行く。

 それにしてもゴルフ場の食べ物、飲み物の値段は高すぎる。既に書いたと思うが、ビーリビンタンの価格が3万Rp、垣根の外の店なら2万Rp、スーパーで買えば、1.5
万Rpです。ポカリの500mlは1.5万、1万、0.6万である。私はポカリの粉を買って自分で作るので、0.4万Rpである。

 話は、違う方向へ行くが、皆さんと食事をした後の支払いで、ビールを呑まない私にとってありがたい気使いを皆さんしてくれる。請求の中からビール代を引いて、人数で割った金額を払えばいいことになる。当たり前と言えば当たり前だが、気持ちがいい。
それに引き換え、コンペの時の参加費には納得できない。一般的に25万〜30万Rp、賞金商品代、表彰式での飲食代に当てるのだが、おそらく、その中の飲食代は15〜20万Rpになっていると思う。そのうちのアルコール代が5〜10万Rpである。楽しみにしている人は、日ごろ中途半端な量しか飲めていないと思っている人にとっては、これを機に、一気に取り戻そうと、ご機嫌でガブガブ飲めるわけだから、こんな、ありがたい話は無いわけである。どうでしょうか、飲めない人の気持ちが分かるでしょうか。舐めないやつは損をしている、こんな気分を味わえない人は損をしていると、言われたことが何回、あっただろうか。飲めない人間が悪いかのような言い方をする。余計なおせっかいである。他人の金で呑んでいるくせに。

 話は、もとへ戻って、スタートの時間が遅かったので、久しぶりにゴルフ場のレストランで食事をした。やはり、高いと再確認した。
IMG_1043.JPGIMG_1038.JPGIMG_1042.JPG れっきとした本物のワサビです。メイドインインドネシアです。こういった広い畑が何か所もあります。10年以上前から、ディエン高原で栽培が始まっていますが、年々、規模は膨らんでいます。人参やジャガイモを作るのと方法は変わりません。変色しないように黒い網で覆ってあるだけです。ギンセンの栽培も同じです。何故、日本で、こういう方法で作らないのでしょうか、不思議である。別に斜面である必要はない、平坦な土地が少ないから、斜面に畑を作るしかないのです。小規模の時には平坦地で栽培をしていた。
 価格差 不公平 気使い
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2012年12月09日

(^_-)-☆アシスト

 1424 私がいなくなるぎりぎりまで、試作を続けて、二種類の製品を完成させた。ジャバベカのS社とEJIPのT社である。両方とも、客先には二カ月の納期を貰っていたが、私の都合で、一月半で仕上げた。いずれも何社かでトライをしたが出来なかった物です。一応、ほっとした。私がいない時のことはHENI君に任せる旨、関係者に伝えた。修正が必要なら出来るし、原料や資材の手配も彼が一手に引き受ける。その他に二種類のPSエラストマーのプルファイルの見積もりをMM2100のM社に提出してある。金型手配のPOが入れば、その手配も出来る。一カ月のご無沙汰です。
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完成した試作品、色に着いても変色はしない。

EJIP東芝の新しい洗濯機の設計にあたった若者の一人、H君と食事をした。私のサポーターである。10年ほど前から、私を手伝っている。K社時代に私の直接の部下では無かったが、図面書きは彼に頼んでいた。彼はK社を止めてその後、二社で勤務し、今は、設計者が大勢必要になった東芝に引き抜かれたかたちで、勤務をしている。私が何社かを移動している間も、必要なら彼と外で会った図面書きを頼んでいた。N社の日本本社に勤務中、新製品を作る時には彼に図面を書いてもらっていた。今回もある新規製品の金型の構想が纏まったので、彼を呼び出して、その装置の図面を依頼した。彼に取ってはサイドビジネスです。持ちつ持たれつの関係が続いている。彼に考えてもらう事も多い。
設計図面書きばかりではなく、色々な専門職を見に付けている人は、給料の高い会社があればいつでも移ろうとする傾向がある。今頃、多くの外国企業がインドネシアに進出しようとしているし、インドネシア国内向けの新商品を売り出そうとしている。その物を作るのは進出してきた会社の外国人だが、その補佐をするスタッフが必要だ、今やそういう人達は最近の最低賃金の40%アップなどという事は全く別の世界で、移動する度にそのくらいのアップにはなっているので、どんどん、移動する。
お互いに同じ会社に落ち着いていないが、渡り歩いている会社にいる図面書きよりもずっと押出に関する図面書きを手伝ってくれている彼を貴重な存在として付き合っている。
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昨日のバナナを買った、通りがかりの)果物専門店。目立った店です。
応援 相互 専門

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2012年12月06日

(^_-)-☆開発道路

 1421 MM2100からの帰り、チカランバラット出口の渋滞があまりにもひどいので、デルタマスまで行って戻るか、カリマランを使うか迷いながらデルタマスまで行ってみた。久しぶりだったので、この変貌ぶりは知らなかった。
チカランプサット(チカラン中央)という名前のデルタマスのインターが、チカランティムールに変わった。多分もうすぐ使えるようになるインターチェンジの名前をチカランプサットにするのだと思う。そのデルタマスを出て直ぐの信号を右に曲がると、以前は突き当たりになっていて右へしか曲がれなかった、それを道なりに行くと高速の陸橋を超えてカリマラン道にでて西に行けばジャバベカ東に行けばカラワン方面である。それはそれで今もある。
IMG_1169.JPGIMG_1170.JPGIMG_1172.JPGところが、今は、以前付き当たりだった所から真っすぐ(暫く行くと曲がりくねるが)西に向かう広〜い道が貫通していて、その道はデルタシリコン5に繋がっている。という事は、高速道路を使う必要が無くなっているのです。逆にイジップやヒュンダイから東に向かうにはその道を通ってデルタマスで高速に乗ればいいのです。

また、間もなく開通する新しいインターチェンジはその道の途中からアクセスしているのだから、色々な道の選び方が出来るようになる。また、新しいインターのすぐ横に高速道路を超えてジャバベカ2の工業団地やチカランバルと言われている進行住宅や商業エリアに繋がる。その新しい高速道路でジャバベカ方面に出れば、ジャバベカゴルフ方向へ真っすぐ広い道路を造成中だ。私たちチカランンへ住んでいる者もジャカルタ方面に住んでいる者もゴルフ場へ向かう道を選択することが出来るようになる。
チカランバラットをジャカルタ方面から出る時には、高速道路上まで三キロメートル以上続く渋滞は、それも、ずっと、競り合いをしなければならない。もう、うんざりである。運よく、その渋滞が無い時の喜びは知らない人にはわからないし、自分で運転しない人にはわからないほどだ。新しいインターが来年早々には使えるようになるでしょう。そうなれば、チカランバラットを使わなくなる車が増えて、利用しやすくなるでしょう。

どうするのでしょうか、今の道の状態では、デルタマスの工業団地だけが取り残されてしまう感じがする。勿論、誘致するにはそれなりの対策が計画されていることを説明するでしょうが、ここ数年の間にアクセス道路が新しくできるとか、今のインターの拡張をするなどとい話は聞いていない。

 金型を新規に作らされた硬質PVCのパイプの試作が終わった。しかし、この製品も客先がパイプをはめ込むインジェクション部品をよこさない上に、寸法をチェックしてあるのか、と聞いても、図面道理に出来ているというだけで、チェックしようとしない。こういうお客さんを相手にすると疲れが増す。何とか、言う事を聞いてよという感じになる。

 開発 便利 丘陵地帯

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2012年12月03日

(^_-)-☆どうですか

 1418 PT.PARAMOUNT BEDの来年のカレンダーが出来てきた。十何年も前から、卓上タイプでデザインは全く変化はない。デジカメで写真を取り出してからだから10年ほど前から、当時の坂本社長にその年の写真を提供してきた。私と同じ年生まれでゴルフも一緒に回る機会も多かったし、何よりも、サイドバンパーという難しいPP炭酸カルシウム30%のプロファイルの現地調達の相談を受け、何とか以来の答えることが出来てほっとしたころでした。そういう間柄でしたから、完全無償、ただ、出来上がったら、私に希望の部数を分けれ貰うという口約束だけでした。そこで、毎年、15〜20部貰う事にしている。2013年のカレンダーは15部いただいた。私の写真が9カ月で使われていた。2012年は10カ月でした。
写真は私が気に入っている物と採用審査を社内の日本人数人で選んだものがほとんど一致しているので、私の美意識感覚は、良いとこ、いっているなと思う。
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来年の写真の中で11月、私に誕生付きにルンバープトゥリから見下ろして撮ったパンガンダランの半島(チャガールアラム)と東海岸一帯の写真が使われている。この風景は何度も取っているので同じ写真ではないが、私のウェブサイトの表紙使っているほど私が気に入っている写真、風景です。こんな景色はインドネシア広し、といえどもここだけである。始めて一緒に行く人は必ずパンガンダランへ入る前にここへ立ち寄って全貌を眺めてもらう事にしている。“あそこのジャングルに中にブンガ バンカイガ(BUNGA BANGKAI)が咲いていると。
二月にはバリのタナロットが使われている。新しいウェブサイトの表紙に使っています。
http://otaenplaext.net/newpage0.html
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage036.html
ところで、何といっても私が一番、魅力を案じているブンガ バンカイ(ラフレシ パトマ)の写真を百枚以上提供しているが使ってもらえない。当然です。このカレンダーのほとんどは、インドネシア国内の病院や介護施設に起きる物です。施設長や病院長のデスクに置かれるのですから、その中に“動物の死骸の花”の写真は流石にまずいでしょう。
ということで、非常に貴重な世界中にパンガンダランにしかない花(ボゴール植物園などに咲き花は移植したものです)と言えども、使ってくださいとお願いするわけにいかない。
ですから、このカレンダーはインドネシアにある病院や介護施設に贈るのが目的で作られていますから、日本人が手に入れることが出来るのはごく限られた関係者だけです。日本のパラマウントベッド関係者も手に入れることはできません。祭日はインドネシアの物になっているし、日本の祭日は乗せられていません。私は日本に住むインドネシア人に贈ります。大変喜ばれる。
http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page238.html
http://otaenplaext.net/newpage33.html
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テビーベアーぬいぐるみその他の縫いぐるみの製造会社、ジャバベカのマテルが撤退するという噂がある。マンモス会社である、もし、撤退という事になれば、各方面への悪い影響は多大である。
また、日本食スーパー、カモメが閉じた、二三か月前から、そういう、噂があった。売る商品が極端に少なくなっていたらしい、もう一か所、一番老舗のコスモも品が少なくなっていることから、閉じるのではないかという噂が消えていない。回想するために仕入れを控えているらしいという人もいるが定かではない、ただ、普通の状態では無いことは、確かのようだ、日本からの輸入の手続きが色々な意味で難しくなっているとも言われている。これは、一般の会社も同じことで、以前のようにスムーズにはいかなくなっている。
フォトPHOTO写真 グラティスGratis只 プアスpuas満足

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2012年11月28日

(^_-)-☆全く、モウ

 1413 一般ガソリン(プレミウムと軽油(ソーラル)がガソリンスタンドから消えた。夕方寄ったガソリンスタンドでハイオクガソリン(プルタマックス)を入れざるを得なかった。値段は倍以上する。昨日の夕方のニュースでジャカルタのガソリンスタンドからプレミウムが消えたという報道をしていたので、チカランはどうかと思いよってみたら、私が寄った一時間前になくなってしまったばかりだという。いつ入るか聞いたら、多分、明日と、曖昧ないい加減な答えだった。

金型を新たに作ることになった。今回の金型は客先に作ってもらうこととした。思った通り、客先は重量が倍になったことが理解できず、何故、値段が二倍になるんだと文句を言っている。重量の計算を自分でしたのか、と、聞いたら、直径10×6と12×4と2ミリ違っただけで、そんなに違うわけがないだろう、との、一点張り。(D−d)×(D+d)を計算してみてください、といっても、何のことかわからないらしい。しょうがないから、私の言う事を信じなさい、信じられなければ、取引を再考してください、と、お願いした。結局、その品物が無ければ、客先も困るので、しぶしぶ納得したらしい。困ったものだ。円周率などの話をインドネシア語では出来ないし、π(パイ)というしかないが、そんなことを説明したって、しょうがない世界である。
 久しぶりな人に会った。古い付き合いだが、ここ数年は顔を見ることはなかった。私がゴルフの同好会、アクラブ会に出なくなったからだ。射出の金型製作技術者で、私の生き方に似ていて、技術一本でインドネシアの何社かを渡り歩いている、現在はチカンペックのブキットインダー工業団地の射出成型屋さんにお世話になっているのだそうだ。

 20年インドネシアにいるそうで私より少し若いが、経験は豊富、射出の金型の技術は私が知っている日本人の中でも5本の指に入るでしょう。技術の話だけでも充分話を聞くことが出来るが、彼の本領は、付き合いが広いので、多くの日本人の生活ぶりを聞けることだ。自分自身の懲りた話も豊富だが、問いかければ、留まることなく、付きあった人たちの様々な生活ぶりに着いて、留まることなく話をしてくれる。
 ある会社の社長さんは日本の会社との兼任でインドネシアと日本の半々の滞在らしい。インドネシアの留守中に別の日本人社員にサインの練習をさせて、その人に社長のサインを任せるようになった。その任された人、女性関係でお金が必要になり、知り合いから借りていたが、その内、高利貸しを紹介されて会社の資産を担保にしてまで借りたそうだ。とんでもない、犯罪行為だが、その社長さん、自分にも落ち度があったと反省し、その筋の顔がく気人に談判して、ある程度の金を払って、問題を消したらしいが、そういうたぐいの日本人は、他にも大勢いる。貴方は大丈夫ですか、遊びは自分が持っている範囲のお金で済ませてください、他の人に迷惑をかけてはいけません。
 多くの日本人は日本では経験ができないことを、案外簡単に、安く経験できるので、勘違いする。というのが、その人のお話の締めくくりになる。自分が持てているのではない、お金が持てているのです。
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 パンガンダランの西海岸とチャガールアラム(ジャングル)です。
身の程 錯覚 経験談

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2012年11月25日

(^_-)-☆よくある話

 1410 まただよ、まだ、何も生産をしていない、トライの段階である。新たな見積もりの三社に提出済みだ。私に仕事は、注文を貰ったら、直ぐに製造という事はない、金型の製造、それを使って試作をする。一発でうまくできることはない。何度も修正して出来るのです。また、近い状態で客先のOKをお願いすることもある。一般的に金型の準備依頼書を受け取って、スタートになるが、試作品を提出するまでに平均一カ月かかる。難しいものなら、金型をまったく新しく作り直すこともあるので、三カ月も四カ月も場合によっては半年も掛ってしまう事もある。その間集中します。
 またかよという話とは、せっかく作った提出したサンプルを実際に使って見たところ、強度が足りないから、デザイン変更をするという知らせだ。そういう時は、次のサンプルを出す時間は短くされるのが通常だ。しかし、作った方には、やっていられないよという気持ちがある。金型費用はどうなるのか、そして、強度が弱いから大きくしたり厚くしたりするのだから、製品重量が大きくなる。当然、製造速度も遅くなる。全てが値段が高くなる要因だ。それを、客先は考えていない。その話をすると必ず、そんなことを想定していなかったという。価格が変わるの?と不満げな口調になる。あったり前でしょ!!!

 今回のお話は、金型を一から作らなければならないし、こちらの出資が先にある。月曜日の客先が説明に来るという。説明なんかいらない。まったく別の仕事と関げえて見積もりを出しなおすだけの話である。
こういう話は、日本でもあるし、インドネシアの日系企業相手でもあった。形状が変わるだけの話ではなく、原料を替えたいという話もある。原料を替えても金型を新たに作らなくても出来ると思っているから、話は面倒になる。製造方法が変わるから、製造ラインの変更もしなければならない。そういう話をすると、必ず、不満げな顔をする。後期う場合も全く新しい別の仕事として、見積もり提出の段階に戻る、というより、そこから始まる。
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 今日のゴルフでまたキャディの一人がピグサン(気絶)した。あるティーグランドの脇でふらふらと他のキャディに寄りかかるようにしてしゃがみ込んで仕舞った。直ぐピグサンと気付き、カートに座らせた。ゴルフ場の事務所にHPで連絡し、交代のキャディを送るように頼んだ。そのカートが到着するまで、10分くらい掛ったと思う。その間、そこにあるカユプティの木の葉を揉んで汁を本人の目の周りら、鼻の下に塗った。メンソレタームの匂いがする。風を引いた時の吸い込んだり、眠くなったときのこめかみに塗ったりする、気つけ薬として一般的に売られているミニヤック カユプティは、この木の葉から作られていることは、以前に書いた。頭を左右に動かすが、目は閉じたままである。ほっぺたを叩くことはしなかった。間もなくキャディマスターガ交代にキャディを連れてきた、そのカートで気絶した彼女を連れて行ってもらった。メンスで貧血じゃないの?という意見もあったが、結局、新婚一カ月だそうで、原因は睡眠不足じゃないの?という結論になった。
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 このホテルを使ったことがある日本人は多いと思う。もっともホテルなど覚えていないだろうし、名前など知らなくてもいい。ジャカルタのJL,マンパンの周辺付近である。この辺りは、コスやメスが多い。地方から出てきた若い女性の多くが下宿している場所である。こことJL.ファットマワティ周辺が、女性専用のコスが多いことで、有名です。
 がっかり またか 無知

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2012年11月05日

(^_-)-☆仲間意識

 1390 昨日の続きの話です。坂本さんの期待を裏切らないで済んだことを安堵した。そのあたりから結構深い交流が始まった。購買の担当者は帰国し、新しい人がやって来た。二人態勢だった。私が、インドネシア中の旅をして回っているという話になって、その2000年を過ぎたあたりから、デジカメで写真を取っていることを知った坂本さんから、「P,BEDの卓上カレンダーの毎月の写真、太田さんの写真を使わせてもらえないか」とい話がった。その年から、写真の提供が始まった。もう、10年以上続いていることになる。多い年で11カ月、少ない年でも八カ月は私の写真が使われていた。2012年、今年は10枚使われている。2013年のカレンダーは印刷中、間もなく出来あがってくる。インドネシア中の病院の院長の机には、そのカレンダーが置かれているはずです。残念ながら、私としては、インドネシア中、サバンからムラオケまで旅をし尽くしたという感じで、次からは旅をするにしても二回目以上になるので、同じ場所の写真を提供しても仕方が無いかなと思うようになってきた。しかし、使っていただけるなら、いつまでも、提供して行きたいと思っている。

 仕事の方ですが、K社が撤退するに当たり、A社に装置、技術を移転した。しかし、これが、大問題、当時の両者の社長の引く継ぎ方が何もかもいい加減だった。従業員(私の教え子)の移動も私の考えと違って、次に就職が所を紹介するという(別に紹介ではない、A社に機械とともに移すだけの話で、何の負担も掛っていない)理由で退職金を値切った。それに不満を持った従業員が退職を拒否した。A社の社長は、彼らは過激だと判断し、来てくれなくてもいい、という考えになり、彼らに示した給料はK社時代の三分に二だった。それも。正規社員としてではなく。契約社員だという。技術は私の物だし、従業員も私に子供、仲介した、私の気持ちは全く無視された。A社にとって強力な援護になるはずなのに、乗っ取られるという恐怖を感じてしまったらしい。揉めた挙句、従業員は来たが、不満たらたら、退職金は射出部門に比べると三分の二、新しい職場の条件も劣悪、私は、彼らに対する責任を取らなければならなかった。
また。K社当時の客先に新たにA社としての見積もりを出したが、平均で30%以上の値上げを要求することになってしまった。客先は私に不満を持ってきた。それらの話でA社の社長に談判したが、逆にA社を首にされた。

 彼らが満足して仕事ができる場を作ってあげなければならない。そこで、マクタという会社を作って、彼らのほとんど全員を引き取った。K社からA社に移された製品の中で、品質の問題がある物、価格が高すぎる物、などはマクタで生産させていただくことになった。当然客先の担当者は、当初、私が作って提供した製品であることは十分承知なので、安心して私の任せていただけた。その中の一社がP.BEDでした。A社ではいつまでたっても製品が作れないのだから仕方が無い。A社の従業員も私の教え子だが、そのことで、相談を受けても、A社の社長の横暴さの中では、教えてあげるわけには、行かなくなっていた。

 その他に何社かとともにマクタで生産を始め直ぐに納品も始まった。それから、二年後にN社がインドネシアへ進出することになり、マクタはN社に吸収される形になった。従業員全員は正規雇用にしてもらった。押出し部門は当初から利益を上げていた、今でも堅実に利益をもたらしている。
N社とは30年以上の付き合いで、このたび、クーデターで辞職せざるを得なくなった会長とは、ゴルフ仲間なので、進出の仲介やお手伝いをした縁もあって、「マクタをN社にくれよ」という話を断り切れずにマクタの全部を引き取ってもらった。P,BEDの製品も当然、N社から提供することになり、今ではサイドバンパーだけではなく、種類も増えている。細野さんという方が当時の購買担当者でした。
http://otaindoesiaextrusion.web.fc2.com/newpage0007.html

 P,BEDの社長も初代坂本さんから三代目の社長になっているし、購買の担当者も交代しているし、その他にも日本人が4〜5人いて、忙しくなったインドネシア国内入りに対応しているようです。私はN社から出て、新たな職場にいるが、N社とP,BEDとのお付き合いは、今までと変わらない、頻繁に一緒にゴルフを楽しんでいる。そして、インドネシアで私に万が一のことがあれば、放っておかない人達たちの一部になっていただいていると思っている。
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 町内の小金持ちの家の子供が割礼の後のお披露目パレード、中華系イスラムでしょうか、オドンオドンとバロンサイが混じっていた。
 流れ 相互 仲間意識

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2012年11月04日

(^_-)-☆誇りの付き合い

 1389ゴルフが上手ではない私は、仲間と気軽に楽しむのが目的であり、運動の一部とするのが目的である。だから、コンペにエントリーすることはない。ただし、ある会社のコンペだけは例外的に、インドネシアにいる限りは参加することにしている。と、言っても二カ月に一回の割合だし、その時にインドネシアにいなかったりして、今回の参加は多分、今年の一月以来だと思う。
 P.BEDのコンペである。成績はどうだったか、スコアーはどうだったか、は、書きたくないが、賞品としてSOGOの商品券10万Rpとゴルフボールを3個入り二箱貰った。それだけで充分嬉しかったし、一緒にまわった人が優勝したし、もう一人はイーグルを出したし、自分ことでなく、周りに人のことでも、充分、楽しんだ。

 1996年にMM2100の中へ始めてきたときにこの会社も建設中だった。その年の暮れに仕事を始めたようなので、私が赴任したK社の直ぐ側だったので、近所付き合いとしての挨拶に伺った。坂本社長からこんなものは出来ますかと聞かれたのが現在もN社で引き継いで作って納めているサイドバンアーという、ベッドの両側に貼られている灰色の長い板のようなものである。その時に、答えたことは、私のK社では2ラインしか装置していないので、現在始めた仕事で、ほぼ、キャパ一杯になっていることと、冷却水槽は引取機の幅が小さくて、その製品を引っ張ることができない、という、理由で、今は出来ないが設備を増やす時に今より大きなものが出来るようにするので、それまで、待ってほしい、でした。その時はそれきりだった。1998年初めに今度は坂本社長の方から、私の方に訪ねてきた。「どうですか、設備はまだですか、実は、押出し成型をしている日系企業2社にお願いしたが、技術的に不可能と断られてしまった。何とか、太田さんにやってほしい」という事でした。その時も、実を言うと、K社では、私に余計なことはしないでほしいと言われていたし、押出に新規に投資する意思が全く感じられなかったし、日本の本社に送っている製品だけで、インドネシア国内売りを押出部門が先行することを気に要らないとしていた。設備が無いから仕方が無い、その時もお断りした。
 技術をインドネシア人に引き継いでもらう目的できている私は、新しい仕事を取らなければ、技術を伝えられないという意識で、会社の尻ごみを承知の上で、私が個人的に設備をするので、採算を取れるようになったら、その装置を、私から、買ってくださいと頼んで、2ラインを、若干強引に手配をしてしまっていた。約2500万円の投資でした。(当時は、まだ、インドネシア国内から引取機やカッター、水槽、押出機などを調達することは出来なかったので、高いが日本から持ってくるしかなかった。ちょっと前に書いたが、今なら、インドネシア国内でそろえれば、一ライン300〜400万円で出来る)
 それが、2000年でした。私にとっても始めての原料だったし、形状だったので、かなり難しい物でした。何とかなった時には、ひそかに、ガッツポーズをした。
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage036.html
その時から深い付き合いになる。
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コンペの帰り途中のカルフールで、また、買ったチンペダック。表面はナンカにそっくり、だから、アナック ナンカ(ナンカの子供)という人がいる、しかいし、匂いはドリアンそっくり。味がナンカとドリアンを混ぜた感じ、中の実の状態はナンカのように小さい実に分かれている。約200円、日本人で食べたことがある人は非常に少ないと思う。私はドリアンとともに大好きである。
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 インドネシアのスーパーならどこでも売られている梨、二十世紀と幸水に似ている、日本のスーパーのよう、味もそっくりである。一個、80円くらいです。これも、塩を振って食べると大変おいしい。
P,BED 付き合い 繋がり

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2012年09月17日

(^_-)-☆注意喚起

 1341 ポリガミpoligami の意味を知っていますか。オリガミorigamiではありません。どちらもインドネシア語に在ります。一夫多妻のことです。オリガミは勿論、折り紙ですよ。
インドネシア人の政治家、実業家、ダンドゥットゥ歌手や俳優などなど、それぞれに経済力があるとみられる人達の中には何人かの女性と結婚している人がいる。公式に結婚式を挙げ、結婚証明書も発行されている人達です。インドネシアでは私が知る限りでは、11人の奥さんと36人の子供がいる男性が、最大です。イスラムの国のどこかに17人の妻と87人の子供をもうけている人が、世界一と、テレビで紹介されていた。片足の男性で、見かけでは60歳を超えていそうだ。奥さんは皆さん若い。その人が、経済を支えているのではなく、奥さんたちがそれぞれ自立していてお互いを認めているようで、雰囲気は明るい。子供たちが大合唱で私たちのお父さんは只一人、お母さんは大勢、と歌っている。
しかし、当然、男性が一番目以外の女性と結婚するには、それまでに結婚している女性の了解を得なければならない。許可の文章が必要です。それが無いまま、や、曖昧で、家庭争議というか、紛争に発展するケースも目立つ。芸能人でも誰かが入れ替わり立ち替わりゴシップが流される。女性の間でもめていることが多くて、当の男性は、蚊帳の外というケースもある。

日本人の男性でも第一夫人から訴えられているケースがある。過去にも何人かを知っている。慰謝料一千万円の以上の要求は普通です。その上、生活費、養育費を月に何十万仕送りしなければならないとこになっている人もいる。出国してそのまま逃げてしまわないように、一定期間、出国禁止措置が取られている人もいる。裁判の時に数百万円の賄賂を裁判官に求められて払っても、必ずしも、その人の思うような結果にはならないのにである。日本に奥さんや子供がいるにもかかわらず、インドネシア人女性と結婚してしまった男性も、する限り、一人や二人ではない。女性の家族から交際がばれて、脅かされて、強制的に結婚させられた人もいる。本人ではどうにもならなくて、また、噂が本社にも広がって、本社の上の方の人が来て、多額の金額を払い、示談にして、本人を引き揚げさせたというケースもあった。
中には、現地会社の経営を任せられている人で、会社のお金を交際費、接待費としてそちらに回す人もいる。そういう人は、仕事でなく皆さんで会食した時に割り勘だが、領収書を必ず忘れずに持って行く。経理担当者が一年以内に入れ替わる会社は怪しい、本社は見過ごしてはいけない。
 
日本人の皆さん、注意してください。奥さんを増やす時には現在の奥さんたちの了解が必要です。結婚しなくても浮気もばれれば大変なことになる可能性があります。インドネシア人と結婚する日本人独身男性もそう多くは無いが目立ちます。相手の女性の背後にも注意が必要です。貴方に魅力があるから持てているのではありません。貴方が持っているだろうと思われているお金に魅力を感じているのです。何かもめごとがあった時に、後ろから何が出てくるかわからないし、そこまで行かないにしても。日常の生活で、家族や一族からどれだけお金を求められるか分かりません。いいように利用される可能性があることを意識しておいた方がいい。会社によっては、新任者にこの点で講習会をします。大使館からはこういう注意喚起は出されない。

 と、書きましたが、現在のところ、何の問題もなく、幸せに暮らしているケースも沢山あります。色々ですね。ポリガミの日本人男性も二人知っていますが、その男性は性格が温和で、優しい。怒ることは無いのではないかと思う。
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 早朝の露天販売、野菜や果物、惣菜が5時ごろから8時ごろまで売られて、残ったものは、カキリマの用の車に乗せて、昼ごろまで移動販売をする。
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乾季の終わりに近い頃が見ごろのFlamboyant(フランボヤン)、Flam Tree(フレイムツリー). ホウオウボク(鳳凰木)火炎樹ですね。何回か紹介しています。

 ポリガミ 一夫多妻 家庭争議
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2012年09月10日

(^_-)-☆頑張ってほしい

 1334 日本は戦後いち早く復興し、世界銀行からの借金も新幹線建設まででした。その後は、中韓、東南アジア諸国へ莫大な資金援助や技術援助をしてきた。韓国もその対象の一つだった。国連などの各種機関への出資金もアメリカに次いで多額である。金額にしたらどうでしょうか、侵略時代の賠償をいくらと決めてしまうより、はるかに、高額な援助をしてきたと思う、今も、継続している。その為の多額な税金も納めた。
それで、帳消しにしろ、とは言わないが、その国のトップの立場を擁護するため、目をそらす目的の日本バッシングはやめてほしい。護身のための妄言は慎んでほしい。その国民にとって、大きなマイナスでしょ。某国の大統領はやめた時から、何らかの犯罪を追及されるのが当たり前になっているようだ。
 ところで、インドネシア人の韓国人は日本人に対してどう接しているかというと、少なくとも、表面上は今まで通りで、普通である。特に、何かを、意識している封は見られない。取引に影響は無い。友人は友人だし、普通はふつうである。そりゃそうです。政治と経済は切り離しているし、これからも、繋がりは、お互いの必要としている。事実、本国でも、経済界、産業界からは日本を刺激するような発言は無い。それらの業界の人は、日本語堪能な人が多い。日本で日本語を勉強した人も多い。日本人の親切さを身で感じた人も多い。彼らは、お国の発展のために日本語で会話することが、必要だと、思ったからです。そして、一部の業種だけではあるが、日本を抜き去る実績も作ったのです。それが、真の常識人でしょう。

 日本人には体当たりして相手を倒したり怪我をさせたりしてまでも勝ちたいという気持ちは無い。ラフプレーで相手をやっつけたからと言って喜ぶようでは国として幼稚。日本が各国に援助したように援助ができる国になってなじめて始めて一人前の国になったと喜んでほしいと思う。拠出金や援助金、技術援助などなど、日本と肩を並べ、追い越してから、喜んでほしいものです。それには、他人に優しい民族にならなければなりません、色々頼まれて、それに答える国になってほしい。どうでしょうか。できますか。

別の話だが、ゴルフ場で韓国人と日本人の違いは、おおきく分けて三つある。一つは、仲間同士の会話の声が大きい。目上の人に対する挨拶が丁寧、私には大袈裟に見える。二つ目は、日焼け止めクリームを丁寧にたっぷり塗る。半そでのTシャツだが、長袖の下着を着るか、腕を覆うだけのバンドのようなものを付ける。長ズボンをはいている。三つ目は、青ティーグランドからスタートする。日本人は、白からスタートが大部分、腕を覆う人はほとんどいない。会話の声も控えめ、クリームを塗る人は少ない。
IMG_0591.JPGIMG_0592.JPGIMG_0593.JPG 
ビンタローBintaro マンガMangga フランボヤンFlamboyant 、インドネシアの代表的な木です。町の名前に使われています。
 一人前 対等 紳士的

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2012年08月13日

(^_-)-☆ブカ ブルサマ

 1306 レスリング男子で金メダル、全部で7個のなりましたね、開催前に、あまり、話題に登らなかった競技や選手がメダルを着々と取って、いつの間にやら、数では最大になったようですね。以前、私が、書いたことが的中しましたね、マスコミも組織委員会も、特定の目立つ人や競技を中心にメダルの予想や目標を立てるのは意味が無いと。体操も柔道も世界は実力が均衡していて、その時、その日のコンディションで勝敗が左右される種目なのに多くのメダルを予想していた。あまりにも、予想に、ひいき目が入り過ぎていた。フェンシングもいい例だった。太田選手が個人でメダルを取る予想だったが、残念な結果になった、しかし、予想だにしていなかった団体で取った。女子バレーもそうだ、ボクシングは誰が話題にしましたか。マラソンは男女とも全く力不足が分かっているのに、話題が多かった。
マスコミも組織委員会も反省し謝罪すべきものだと思う。

今、盛んにブカ プアサの食事会が模様されている。早い人はそろそろ帰省し始めているし、多くの会社は16日から休みになって、独立記念日の17日からは、全面的に休みになる。その前に、駆け込み的にブカ ブルサマが行われている。組織の上司が自宅へ呼んだり、最寄りのレストランに集まってもらったりして、その日のブカ プアサをネタに食事をする。日系の会社の多くでも、部門毎にやる場合が多い。イスラム教徒ではない日本人にも声がかかる。一種の親睦会のようなものなので、一度は、日本人も出かけて行って、雰囲気を確認した方がいいと思う。ただし、日本人を呼ぶ目的は純粋に一緒に食事をしながら親睦をはかると言う目的だけではなく、スポンサーになってもらえるからです。私は、それを承知で、できるだけ多くのブカ ブルサマに出席した。
だから、今は私の部下ではないが、どこの会社のどの部門と言うことではなく、私のインドネシア人の教え子たちが、集まっているから来ないか、という誘いがあって、コタ チヒトゥンまで行ってきた。20人ほど集まっていた。何年振りかに会った人も来てくれていた。皆さんの平均年齢は35を超えている。
特定の会社の特定部門の人からも誘うがあるが、これらは、全部断っている。私はその会社の人間ではないし、私の部下でもない。日本人は出席するのかと聞くと、しないという。それでは、まずいでしょう。彼らの愚痴を聞く会になってしまう恐れがある。私が一緒だったということを、日本人が知ったら、気分が悪いでしょう。本当は、その日本人が出席すればいいのですが。
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日曜日の朝のゴミの様子、マラーム ミングー(土曜日の夜)とブカ プアサが重なって遅くまで飲み食いの後。
http://otaenplaext.net/newpage0.html
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一カ月ぶりのゴルフを二日続けて、体の節々が痛む、しかし、心地よい。
食事会 親睦会 buka bersama

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2012年08月05日

(^_-)-☆リラックスできず

 1298 サッカー女子ブラジルに勝って良かったですね。負けたら何と批判せれたでしょうか。取りあえず批判のトーンが弱くいなるでしょう。男子はすばらしかった。どんどん期待が高まってきます。団体競技なので個人的重荷にはならないでしょうから、ひょっとする、ひょっとするかもしれない。

 日本滞在は四日残すだけになった。やっとここまで来たという感じ。先ほども、どうしても、プールへ連れて行けと約束させられて、忘れもせず、今朝になったら、約束したでしょう、今日、プールへ行くでしょ、と言われ、仕方なく、プールへ連れて行った。流れるプールで、一周150mくらいでしょうか、何周も彼女たちと一緒に水中歩行で回った。深さは1mくらい、二時間も歩いていれば、相当疲れる。一人で泳ぐなら二時間でも三時間でもそれ以上でも、泳いでいることができるし、疲れれば、浮いて休んでいればいい。
しかし、彼女たちについていなければならない状態では、監視しながら、また、引っ張れだ、押せだ、浮き輪を持っていてだ,渡せだ、その都度彼女たちの要求に答えながら、彼女たちが上がって休もうと言うまで、着かず、離れず水の中を歩かなければならない。こんな疲れることは無い。良い運動になると言えば、その通りだが、かなり疲れる。それも、ほとんど、明日までである。間もなく解放されると思えば、少し気が楽になる。

いつも同じことの繰り返しだが、妻や娘や孫たちと離れていれば、会いたいと思うが、会ってしまえば、一週間もすれば、もう、その場にいることによる苦痛の方が大きくなり始める。二週間もすれば、その場から遠ざかりたいと思うようになる。三週間付き合っていれば、完全に苛立ちの方が大きくなる。一カ月が限度である。今回は、ほとんど、その限度と言うことになる。今、すでに、インドネシアへ行くことを楽しみにしている。別の場所に移れることができるのを楽しみにしている。
IMG_0162.JPGIMG_0163.JPG背景の松林があるので、リッポチカランのヲーターブームではないことははっきりしている。
限界 場所変え 苦痛

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2012年03月25日

(^_-)-☆もうしばらくの旅

1165 今回のインドネシア行きガルーダのチケット代金は89000円程でした。旅行社へ行って、チケットの購入を頼み、価格をチェックしてもらった。先ず、12,800円というのが出てきた。4月から価格が大幅に下がると聞いていたので、「そんなはずは、無いでしょう、10万円を切るのが在る筈だよ」といって、探させた。あった、しかし、20日間以内という条件が付いていた。ということで、帰りの便は20日ということにした。20日以上30日以内なら98000円でした。
勿論、その前に、シンガポールでワーキングビザを取ることになるので、そのチケットは不要になる。それにしても、日本で買うとなぜ高いのでしょうか。バリ島への格安ツアーを探してみた。5泊くらいで10万円などというものがあれば、それに便乗しようかなと思っても見た。しかし、適当なものがなかった。残念。
インドネシアで買えば、燃料サーチャージにも依るが、今の時期、1000US$以下で手に入れることができる。この前のインドネシアから片道チケットは300US$だった。
 私と私の手伝いをしてくれた若者の送別会、今後を励ます会というのを職場の若者が開いてくれた。街の焼き肉レストラン。これが、また、初体験である。焼き肉レストランはジャカルタやチカランでしか行ったことがなかった。それと、皆さんの明るい雰囲気には、感心した。良い雰囲気、良き仲間達がそこにあった。何人かの若者の中にいると、自分が彼らの倍くらいの歳だという事を忘れさせてくれる。もう、二十年くらい、長い間味わっていないつかの間の環境でした。私を呼んでくれた皆さんに感謝したいし、私たちを励ます会といっていたが、この会社に、この職場に居続ける若者たちにそれをお返ししたい。
 ちょっと気ななることは、皆さん、優等生過ぎる。サラリーマンとしては最適かもしれないが。
 また、先ほどは中国から戻ったヤント君と食事、彼も、もうすぐ40歳、やっと、結婚を申し込んでOKを取ったらしい
IMG_2964.JPGIMG_2964@.JPGもう一年、静岡県立大の大学院へ通って、その後はインドネシアへ戻り、就職、結婚と、行くらしい。
 私とたまたま接触することになった若者との付き合いはそうな長くない。私自身の旅もそう長くない。
 若者 旅路 真面目

posted by 元気な振りの爺さん at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 付き合い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする